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本能寺の変の報で秀吉に「ご運が開けましたぞ」と言っていない…黒田官兵衛の「野心家イメージ」が暴走したワケ
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本能寺の変の報で秀吉に「ご運が開けましたぞ」と言っていない…黒田官兵衛の「野心家イメージ」が暴走したワケ
「豊臣兄弟!」(NHK)ではついに本能寺の変が起こり、黒田官兵衛(倉悠貴)らを連れ、中国地方に遠征中... 「豊臣兄弟!」(NHK)ではついに本能寺の変が起こり、黒田官兵衛(倉悠貴)らを連れ、中国地方に遠征中の秀吉(池松壮亮)もその知らせを受ける。軍師の歴史について研究する呉座勇一さんは「小説やドラマではそのとき官兵衛が秀吉に天下を狙えとアドバイスしたように描かれるが、実際にそう言ったという同時代史料はない」という――。 ※本稿は、呉座勇一『軍師の日本史』(角川新書)の一部を再編集したものです。 官兵衛は信長の死を好機と捉えたか 備中高松城を攻囲中の羽柴秀吉のもとに、本能寺の変の報が届いた。傍らにいた黒田官兵衛が「天下を取る好機」と進言する。まさに「軍師官兵衛」を象徴する名場面である。 この逸話の原点は何か。比較的早い史料としては、元和7年(1621)から9年にかけて、秀吉に仕えた田中吉政の家臣川角三郎右衛門が著わしたとされる『川角太閤記』が挙げられる。同書によれば、官兵衛は「殿はお嘆きになって

