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「理想の未亡人は描いても、理想の妻は描かなかった」小津安二郎が生涯独身を貫いた理由 女優・原節子を何度も起用したが…
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「理想の未亡人は描いても、理想の妻は描かなかった」小津安二郎が生涯独身を貫いた理由 女優・原節子を何度も起用したが…
アメリカの女優にファンレターを書いた浪人時代 小津安二郎(1903~1963)は家族をテーマにした作品、そ... アメリカの女優にファンレターを書いた浪人時代 小津安二郎(1903~1963)は家族をテーマにした作品、それも娘の結婚を描いた映画で有名な監督ですが、それでいて自身は生涯独身。あれだけ女優を美しく撮るのですから女性に関心がないはずはなく、おまけに当人は長身の紳士でもあったというのに、実に不思議です。 小津安二郎は、本居宣長も出した伊勢松阪の名門商家・小津家の一員として生まれました、幼少期は一時東京に住み、小学校の途中から松阪に移り、三重県立第四中学に進みます。この中学時代に映画ファンになり、次第にのめり込んでいくことになります。 カメラ好きの少年でもあり〈僕の写真もずいぶん古いもので、はじめてキャメラをいじったのが中学生時分にベス単、それからブロニー〉(石川欣一との対談「カラーは天どん 白黒はお茶漬の味」、『カメラ毎日』1954年)と語っており、なかなか贅沢なカメラ小僧だったことが分かりま

