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NHK大河ドラマでは描かれていない…栄華を極めた藤原道長が「勝ち逃げ出家」を決行した本当の理由 長兄・道隆、甥・伊周を死に追いやった「飲水病」
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NHK大河ドラマでは描かれていない…栄華を極めた藤原道長が「勝ち逃げ出家」を決行した本当の理由 長兄・道隆、甥・伊周を死に追いやった「飲水病」
藤原道長は3人の皇后の父親となり、摂関政治の絶頂期に出家する。なぜ権力の座から自ら降りることにした... 藤原道長は3人の皇后の父親となり、摂関政治の絶頂期に出家する。なぜ権力の座から自ら降りることにしたのか。平安文学研究者・山本淳子さんの著書『道長ものがたり 「我が世の望月」とは何だったのか――』(朝日新聞出版)より、一部を紹介する――。 光源氏と道長の明白な共通点 『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルの一人は、藤原道長だろうと言われる。 確かに、〈栄華の人〉光源氏のあり方は道長によく似ている。光源氏は30歳を前に政治の実権を握ると、天皇の後見役を務めつつ、通常の貴族邸の四倍という大きさの豪邸・六条院に住み、風流を極めた暮らしを送った。その間には養女を梅壺女御として冷泉天皇に入内させ、実の娘の明石姫君を春宮妃とし、やがて二人をそれぞれ立后させた。 つまり、最終的に就いた「准太上天皇」という虚構の地位を除けば、彼には摂関期の権力者がとった典型的な行動パターンが詰め込まれている。そして摂関期の権

