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自然神学・宗教哲学・自然哲学 戦争・聖戦・正戦・非戦(6)
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自然神学・宗教哲学・自然哲学 戦争・聖戦・正戦・非戦(6)
前回は、大濱徹也さんの『日本人と戦争』を紹介したが、日本キリスト教史に関連した叙述がより多く見ら... 前回は、大濱徹也さんの『日本人と戦争』を紹介したが、日本キリスト教史に関連した叙述がより多く見られる次の文献を続けて、取り上げたい。日本キリスト教史は、キリスト教史の一部であると同時に、日本近代史の中に位置している。あたかも日本キリスト教史がそれだけで自律した存在であるかのような歴史叙述の仕方、歴史理解は問題的であり、キリスト教史と近代史とのそれぞれの地平・地平融合において捉えることが必要になる。この点で、大濱さんの研究は興味深い。 大濱徹也 『庶民のみた日清・日露戦争──帝国への歩み』 刀水書房、2003年。 以下の目次は、節までを記載しますが、キリスト教関連の部分は、小見出しも記載する。 はじめに 第一章 日清戦争 1 「小国」の焦慮 2 「義戦」の構造:田庄台占領、日本赤十字社の発展、内村鑑三の義戦論、 植村正久の説教、非戦の声、本田庸一と清韓事件基督教徒同志会 3 軍国の狂躁 第二