養老孟司「〈知っている〉と〈わかる〉は違う。現代の私たちは自然から遠ざかり、身体的感覚を伴う〈わかる〉を忘れかけている」 連載・私の書いた本 ~養老孟司『ものがわかるということ』|話題|婦人公論.jp
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養老孟司「〈知っている〉と〈わかる〉は違う。現代の私たちは自然から遠ざかり、身体的感覚を伴う〈わかる〉を忘れかけている」 連載・私の書いた本 ~養老孟司『ものがわかるということ』|話題|婦人公論.jp
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450万部を超えるベストセラー『バカの壁』の著者であり、医学博士の養老孟司さん。物心がついた頃から、... 450万部を超えるベストセラー『バカの壁』の著者であり、医学博士の養老孟司さん。物心がついた頃から、自然の世界、そして人との関係について、「わかろう、わかろう」としてきたと語ります。現代の私たちは、何事にも「ああすれば、こうなる」というシミュレーション可能な原則を求めすぎていて、身体的感覚を伴う「わかる」を忘れかけていると、養老さんは話します――(構成:篠藤ゆり 撮影:本社・中島正晶) 「知っている」と「わかる」は違う 振り返ってみると、私は物心がついた頃から、「わかろう、わかろう」としてきました。わかろうとした対象のひとつは、自然の世界。大好きな虫捕りや魚釣りに没頭していました。 昔は近所の川でもうなぎが釣れたし、蛍もたくさんいましたが、家庭から洗剤が排出されるようになって消えてしまった。そんな変化を目の当たりにしてきました。 もうひとつ、わかろうとしたのは人との関係です。私は子どもの頃