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恋愛、友愛、性愛…すべての「愛」に通じる本当の「愛」とは(苫野 一徳)
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恋愛、友愛、性愛…すべての「愛」に通じる本当の「愛」とは(苫野 一徳)
「愛」について20年考えた 講談社現代新書から上梓したばかりの拙著新刊『愛』は、構想20年、執筆に2年... 「愛」について20年考えた 講談社現代新書から上梓したばかりの拙著新刊『愛』は、構想20年、執筆に2年半をかけた、わたしにとっておそらく最も大切な哲学作品となるものだ。 「愛」の探究へとわたしを駆り立てることになったそもそもの動機は、20年近く前、長い躁鬱病に苦しんでいた頃に、突如として「人類愛」の啓示に打たれたことにある。 すべての人類が、互いに溶け合い、結ぼれ合った姿が、その時のわたしには、ありありと、手で触れられそうなほどの確かさを持って見えた。そのイメージは、わたしには「愛」と呼ぶほか言葉の見つからないものだった。 この「人類愛」を、やがてわたしは次のように言い表すようになる。「今存在しているすべての人、かつて存在したすべての人、そしてまた、これから存在するすべての人、そのだれ一人欠けても、自分は決して存在し得ないのだということを、絶対的に知ること」。 人類は、互いに完全に調和的に