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「憲法は誰から誰に向けたもの?」本質を忘れる日本人 教育哲学者が伝えたい「市民のための読書」のススメ
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「憲法は誰から誰に向けたもの?」本質を忘れる日本人 教育哲学者が伝えたい「市民のための読書」のススメ
難病・拡張型心筋症を患うきかちゃんの心臓移植手術に向け立ち上がった「きかちゃんを救う会」。そのチ... 難病・拡張型心筋症を患うきかちゃんの心臓移植手術に向け立ち上がった「きかちゃんを救う会」。そのチャリティーイベントとして、教育哲学者・苫野一徳氏による講演会が開催されました。テーマは「勉強するのは何のため?」。誰もが一度は考えた「なんで勉強しなきゃいけないんだろう」という問いに対して、哲学の視点から苫野氏が解説します。最終回の本記事では、勉強の基本となる読書の方法について、私たちが自由に生きるための「市民のための読書」の考え方について語られました。 ※「きかちゃんを救う会」は、10月1日に目標募金額3億5,000万円を達成しました。 どんな読書も「実体験」には敵わないのか? 苫野一徳:「そう(読書は大切と)は言っても、どんな読書も豊かな経験には敵わないんじゃないの?」と思われる方もいると思うんですよね。「どれだけ本を読んだって、実体験が貧しければぜんぜん意味ないんじゃないの?」って。 それ