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井上寿一の近代史の扉:派閥解消問題 戦前は政党さえ解消した | 毎日新聞
自民党の政治資金パーティー裏金問題に端を発する派閥解消問題は、1月18日の岸田文雄首相による岸田派の... 自民党の政治資金パーティー裏金問題に端を発する派閥解消問題は、1月18日の岸田文雄首相による岸田派の解散表明、翌日の二階派と最大派閥の安倍派の解散決定に至る。派閥を維持する麻生派や茂木派では議員の離脱表明が相次いでいる。派閥解消問題はどうなるのか。 派閥解消問題は今に始まったことではない。戦前にさかのぼれば、日本の政党政治は派閥の解消どころか政党を解消した過去を持つ。戦後は政党と共に派閥も復活する。派閥は弊害を生む。すると派閥解消問題も起きる。ここでの主題は、戦前・戦後の政党政治が今日の派閥解消問題に示唆するところを考えることである。 戦前昭和の政党政治は、1932(昭和7)年5月の政党内閣の崩壊から、すべての政党が解党して大政翼賛会の成立(40年10月)に至る。解党は軍部に強いられたからか。そうではなかった。真っ先に解党したのは、労働者と農民の党=社会大衆党だった。社会大衆党は近衛文麿が
2024/02/19 リンク