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『ラストナイト・イン・ソーホー』における「繋ぎ」の恐怖について|Shun Fushimi 伏見 瞬
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『ラストナイト・イン・ソーホー』における「繋ぎ」の恐怖について|Shun Fushimi 伏見 瞬
エドガー・ライト監督作『ラストナイト・イン・ソーホー』に対する反応で、「性暴力の恐怖を煽るシーン... エドガー・ライト監督作『ラストナイト・イン・ソーホー』に対する反応で、「性暴力の恐怖を煽るシーンがあることを事前に教えてほしかった」という意見が複数みられた。たしかに、本作に性暴力を描いたシーンは登場するが、それは主人公が観ている幻覚に過ぎないともいえる。他の映画でも似たようなシーンやもっとあからさまなレイプシーンは山ほどあるのに(例えば『ドラゴンタトゥーの女』や『怒り』)、何故本作の幻視的な暴力にとりわけ強い反応が現れるのか。『ラストナイト・イン・ソーホー』が、「繋げる」ことの恐怖についての映画だからだ。 本作を観ていてまず感じたのは、編集が巧みな映画ということだった。Peter and Gordonの「A World Whithout Love(作曲はポール・マッカートニー)」の60年代的な8ビートに乗せて、トーマシン・マッケンジー演じるエロイーズが自室で踊る冒頭のシーン。ニュースペー