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戦前においても日本を軽視する知識人が少なくなかった要因と、学ぶべき国民の歴史~~「戦争文化叢書」を読む4
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戦前においても日本を軽視する知識人が少なくなかった要因と、学ぶべき国民の歴史~~「戦争文化叢書」を読む4
GHQによって世界創造社の『戦争文化叢書』のシリーズの大半が焚書処分されたのだが、今回はアジア問題研... GHQによって世界創造社の『戦争文化叢書』のシリーズの大半が焚書処分されたのだが、今回はアジア問題研究所編『支那人は日本人なり』という変わったタイトルの本の一部を紹介したい。 この本はわが国の歴史について、戦後の歴史叙述などには見出しがたい、ユニークな視点を数多く提供してくれる本である。 日本は西洋や中国の文化を模倣しただけの国ではない 文明や文化というものは、水準の高いところから低いところに流れて行くものであることは言うまでもないだろう。古代において漢字や多くの書物や文物や中国大陸から伝わったことは事実だが、ではわが国の文化水準はずっと中国よりも低いものであったのか。 学生時代に、わが国は中国や西洋の文化を模倣してきたことを教わり、西洋や中国の文化水準がわが国より高く、ずっと先進国であったかのような錯覚を持ったものだが、戦前の日本人も、西洋や東洋の歴史を学んで同様な認識を持っていたようだ