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「冷戦終結なんて大したことはない」――なぜ高坂正堯は「ベルリンの壁」崩壊直後に戦争の再来を〈予言〉できたのか|田所昌幸×細谷雄一×小泉悠 特別鼎談:田所昌幸,細谷雄一,小泉悠 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
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「冷戦終結なんて大したことはない」――なぜ高坂正堯は「ベルリンの壁」崩壊直後に戦争の再来を〈予言〉できたのか|田所昌幸×細谷雄一×小泉悠 特別鼎談:田所昌幸,細谷雄一,小泉悠 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
1989年11月に「ベルリンの壁」が崩壊し、世界中の人々が「これで世界は平和になる」と寿いだ。しかし、... 1989年11月に「ベルリンの壁」が崩壊し、世界中の人々が「これで世界は平和になる」と寿いだ。しかし、国際政治学者の高坂正堯(1934~1996年)は、その直後に「歴史としての二十世紀」と題する連続講演を行い、戦争の再来について警鐘を鳴らした。 高坂はなぜ戦争の再来を「予言」できたのか――その連続講演を書籍化した『歴史としての二十世紀』(新潮選書)刊行を機に、国際政治と安全保障を研究している田所昌幸(国際大学特任教授)、細谷雄一(慶應義塾大学教授)、小泉悠(東京大学専任講師)の3氏が鼎談した。 * * * 「少数派」だった高坂先生 細谷 『歴史としての二十世紀』が刊行されるにあたり、私は「はじめに」と「解題」を執筆させていただきました。もっとも、私自身は高坂先生と交流があったわけではありません。生(なま)でお見かけしたのも、高坂先生が1996年に亡くなる前年、慶應義塾大学の秋の三田祭に
2023/11/20 リンク