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子供が大好きであるという 本牧の吾妻神社の神様の話(横浜市中区) - みうけんのヨコハマ原付紀行
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子供が大好きであるという 本牧の吾妻神社の神様の話(横浜市中区) - みうけんのヨコハマ原付紀行
本牧の大鳥中学校のちかく、本牧通りから一歩入ったところにある吾妻神社は、地元では「お吾妻さま」と... 本牧の大鳥中学校のちかく、本牧通りから一歩入ったところにある吾妻神社は、地元では「お吾妻さま」と呼ばれて親しまれ、こぢんまりとした小さな神社でありながら正月の初詣の際には多くの参拝者でにぎわう、典型的な地元の鎮守様である。 もともと、この本牧のあたりは漁業も盛んな場所で、現在は渚はすっかり埋め立てられてしまって見る影もないが、江戸時代にはたいへん良質な魚が取れる豊漁の漁場として日本橋の新肴場と呼ばれた魚河岸に魚を卸していたといい、数多くの漁業関係者から寄進された石玉垣は今でもその名残をとどめているのである。 この吾妻神社の神さまは、日本武尊(やまとたけるのみこと)であるが、昔から「子供が大好きな神様」として広く親しまれてきたという。 もともとは現在の千葉県にあたる上総国の木更津に鎮座されていたそうだが、元和3年(1683年)に神社が大火に見舞われたので、東京湾を渡って本牧へと引っ越してきた