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【写真特集】忘れられる「フクシマ」、変わりゆく「福島」
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【写真特集】忘れられる「フクシマ」、変わりゆく「福島」
2011年5月 福島県浪江町からの避難を迫られた三瓶利仙、恵子夫妻は約30キロ離れた本宮市で木造の古い... 2011年5月 福島県浪江町からの避難を迫られた三瓶利仙、恵子夫妻は約30キロ離れた本宮市で木造の古い牛舎を見つけた 初めて三瓶利仙さん、恵子さん夫妻を撮影したのは、2011年4月9日だった。 福島の酪農家を被写体に選んだのは、原発事故が起きてもすぐ避難できない人たちを撮影したいと思ったからだ。まったく予備知識なしで現地に入って、撮影させてもらっていたいくつかの酪農家の1つが三瓶さんの家。それが5年の付き合いになるとは思ってもいなかった。 空になった牛舎の前でポートレートを撮り、放射能被害のせいで移転や廃業に追い込まれる状況を伝えるのが狙いだった。最初は忙しいと相手にされず、追い返されもしたが、そのうち好意で約2カ月間も泊めてもらうようになった。数カ月で終わると思っていたはずが、娘さんの結婚式に出て親族席に座り、生まれた初孫の写真まで撮った。 【参考記事】<震災から5年・被災者は今(1)>