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切断された手足「学生さーん、それ煮てくれよ」 動員された17歳少女、想像していた戦争と「違う」 | 戦世生きて くらしの記録 | 沖縄タイムス+プラス
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切断された手足「学生さーん、それ煮てくれよ」 動員された17歳少女、想像していた戦争と「違う」 | 戦世生きて くらしの記録 | 沖縄タイムス+プラス
沖縄師範学校女子部の生徒だった島袋淑子(よしこ)さん(92)=本部町出身、当時17歳=は1945... 沖縄師範学校女子部の生徒だった島袋淑子(よしこ)さん(92)=本部町出身、当時17歳=は1945年3月23日、看護要員として沖縄陸軍病院壕(南風原町)に動員された。「すぐに学校に戻れる」。そう思っていた。 4月1日に米軍が沖縄本島に上陸。戦闘が激化するにつれ、瀕死(ひんし)の兵士が続々と運ばれてきた。米軍を一網打尽にしているはずなのに、敵の攻撃はますます激しくなる。想像していた戦争と「違う」と感じ始めた。 負傷兵の看護や食料運搬、死体埋葬に駆けずりまわる日々になった。命令を受けて移動した糸数壕(南城市)では、手足の切断手術を手伝った。麻酔注射が不足すると、患者に薬品を嗅がせて失神状態のまま...