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思ってたんと違う(15)奈良県を襲った空襲~奈良も戦災は免れなかった!? - 大和徒然草子
奈良市戦災概況図~一部抜粋(国立公文書館蔵) 太平洋戦争末期、日本全国の都市は米軍の激しい空襲に晒... 奈良市戦災概況図~一部抜粋(国立公文書館蔵) 太平洋戦争末期、日本全国の都市は米軍の激しい空襲に晒され、陸海軍基地や工場だけでなく多くの民家が焼かれ、銃後の人々が戦災で命を失いました。 そんな中、戦後「京都と奈良は空襲を受けなかった」という言説が、まことしやかに語られるようになりました。 曰く、京都と奈良は世界的に貴重な文化財があったため、米軍が爆撃を避けたのだと。 しかし、この言説は全くの神話にすぎません。 米軍はイタリアで、西欧文明の至宝が集まるローマを容赦なく爆撃しており、なじみの薄い日本の文化財消失に拘泥するなど到底考えられないことです。 米軍が京都、奈良に大規模空襲を掛けなかった原因は、単に重要な軍事施設がほとんどなかったことと、京都に関しては原爆投下の有力候補であったため、広島同様、市街地を焼き払うような爆撃が避けられたという説に説得力があるように思います。 実際に奈良県では1
2023/07/24 リンク