【この本と出会った】作家・磯崎憲一郎 『三人の女・黒つぐみ』ムージル著 (1/2ページ) - MSN産経ニュース

■「向こう側」への見事な飛躍 ある人から薦められて、当時アメリカに住んでいた私はこの文庫本をニューヨークの紀伊国屋書店で買い求めた。以来、日本に帰国してから書店や古本屋でこの本を見つけるたびに買い続け、あるときなどはもともと５２０円の文庫本に２０００円という法外な高値を付けている古本屋まであったのだが、それでも私は迷わず購入した。通算で３０冊は買っているだろう。それはただ、この本を読んでほしい人たちに配りたいがゆえに買っているのである。 長編『特性のない男』で名高いオーストリアの小説家、ロベルト・ムージルによる短編集だが、ここに収められた３つの短編と１つの随筆はいずれも、すべての小説が目指すべき場所に行き着いているように思う。例えば「トンカ」という短編には、こんな描写がある。 「…ある日彼はトンカといっしょに用足しに出かけた。道で子どもたちが遊んでいた。突然ふたりの眼に、泣きわめいている小