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おっちゃんと塀に見守られ 釜ケ崎の小学校、歴史に幕:朝日新聞デジタル
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おっちゃんと塀に見守られ 釜ケ崎の小学校、歴史に幕:朝日新聞デジタル
釜ケ崎 春の五話① 日雇い労働者の街として知られる大阪市西成区の釜ケ崎。その一角に市立萩之茶屋小学... 釜ケ崎 春の五話① 日雇い労働者の街として知られる大阪市西成区の釜ケ崎。その一角に市立萩之茶屋小学校が立つ。3月末で1世紀近い歴史を終える。 南海電鉄の新今宮駅から南に300メートルほど。労働者たちの雇用や福祉、医療対策の中核施設となっている「あいりん総合センター」のビルを過ぎると、3メートルほどの頑丈そうな塀に囲まれた校舎が現れる。塀の上にも鉄条網を張り巡らせ、鉄格子の正門が開放されるのは登下校時だけという念の入れようだ。「子どもたちの安全を守るためでしょう」。末綱健二教頭(46)が教えてくれた。 創立は大正6年、1917年にさかのぼる。戦災で校舎と講堂が焼けたが、1954年までに校舎が建て直された。 高度経済成長期に入ると、建設ラッシュで大勢の労働者が釜ケ崎に流れ込んだ。学校の周囲にもドヤと呼ばれる簡易宿泊所が急増した。61年の夏には地元の西成警察署を舞台に釜ケ崎暴動が起き、1人が死亡