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2017年3月20日のブックマーク (5件)

  • 人と対等な関係を築けないのは幼少期にクラスで一番身長が高かったからという仮説 - 手の中で膨らむ

    人と対等な関係を築くというのは当に難しい。 敬うべき目上の人と可愛がるべき後輩、両者に対する振る舞いについてはこうあるべきという明確なイメージがあるのだけど、対等な友人、縦でなく真横にいる人と心地よい距離を保つというのがすごく苦手なのだ。 特に厄介なのが、自分も女性なのに自分以外の女性に対して守ってあげなければという気持ちがやたら強いところで、先日もバーで知り合って何気なく話していた女性に「なんで同い年くらいなのにお母さん目線?ww」と突っ込まれてアイタターと思った。 すべての原因は、同級生の中でも特別早く母になったせいだろうと思ってきたのだけど、最近あらためて思い返してみると、実は子供を産むはるか前から同じ課題を抱えていた。小学生の頃から漠然と、みんなと同じになりたい、と思い続けていたのだ。これってつまり、立場的には完全に対等な同い年のクラスメイトの中にあって、誰にも等身大の自分を投影

    人と対等な関係を築けないのは幼少期にクラスで一番身長が高かったからという仮説 - 手の中で膨らむ
  • サイゾーウーマン「『東京タラレバ娘』で“説教芸”に興じる東村アキコは、愚かなお笑い芸人のようだ」に対する反響

    2017年3月17日にアップされた「『東京タラレバ娘』で“説教芸”に興じる東村アキコは、愚かなお笑い芸人のようだ」という拙稿に対する反応を集めました。まったくもって手前味噌なんですが、みなさんのご意見が当に興味深くて、自分だけで読んでいるのはもったいなく思い、まとめた次第です。

    サイゾーウーマン「『東京タラレバ娘』で“説教芸”に興じる東村アキコは、愚かなお笑い芸人のようだ」に対する反響
  • 「スマホ成熟社会」の次は、どのような世界か

    現在のインターネットビジネスと切っても切り離せないのが、スマートフォンと、SNSなどのソーシャルだ。しかし、フューチャーホン、いわゆる「ガラケー」をユーザーの多数が使っていた頃には、今のようにモバイルで常に人と繋がり、あらゆるアプリを自由に選択してダウンロードできる世界が来るとは、想像できなかった人がほとんどだっただろう。 今は「ポストスマホ時代」前の踊り場 「スマホシフト」の効果はあらゆるビジネスに影響を与えたが、その次の大波がどのような形で押し寄せるのかは、誰しも関心が大きいところだ。今後のインターネットビジネスは何に影響を受け、どのように変容していくのか。3月16日から17日にかけて福岡で開催された招待制イベント「B Dash Camp 2017 spring in Fukuoka」の最初のカンファレンス、「インターネットビジネス、次に何がくる?」で、このテーマが扱われた。 モデレー

    「スマホ成熟社会」の次は、どのような世界か
  • 文豪とアルケミストと小林多喜二と日本共産党

    Rikuoh Tsujitani @riq0h 僕はよく知らないが「文豪とアルケミスト」という、実在の文豪を操作して敵と戦うソーシャルゲームがあるそうだ。そのゲームにはかの有名なプロレタリア作家の小林多喜二も登場している。その事をしんぶん赤旗が好意的に取り上げたところ、作のファン達が政治利用だと憤慨しているらしい。(続く) pic.twitter.com/Jg7oatve8q 2017-03-18 02:08:48 Rikuoh Tsujitani @riq0h Twitter2chスレなどで怒っているファン達の主張を参照したところ、彼女ら曰く「私たちはゲーム内の小林多喜二というキャラクターを愛しているのに、左翼が政治色をつけて汚した」との事だ。しかし、僕にはその意見がどうにも理解できない。(続く) 2017-03-18 02:13:31 Rikuoh Tsujitani @riq

    文豪とアルケミストと小林多喜二と日本共産党
  • 北条かやの批判など - 能町みね子のふつうにっき

    北条かやについて書くと、大半の人は賛同してくれるのだけれど、わずかな人は「まだやってるのか」「しつこい」「どっちもどっち」という言葉を投げかけてくる。それは非常に辛く、心を削り取られる。「もう相手にしない方がいい」ともよく言われる。 でも、私が相手にしないといけないのだ。なぜなら、彼女は「反論できない人を悪く言う」から。反論できる私が反論しないといけない。私が例えば死んだりして反論できなくなれば、彼女は喜んで私の批判や愚弄を始めるだろう。そういう人なのだ。 こんな記事をいちばん上にあげておきたくないので、できるだけ早いうちに次の記事を書こう、と自分に向けてせっついておく。 北条かやが新刊を出すという。2016年にインターネット上で私と雨宮まみさんによって厳しく批判され、言葉で対抗せずに自分の命を粗末に扱ったことで場を凌いだ(らしい)彼女が、「インターネットで死ぬということ」という、また「死

    北条かやの批判など - 能町みね子のふつうにっき