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ブックマーク / kamiyakenkyujo.hatenablog.com (9)

  • 共産党はマンガ・アニメの規制にカジを切ったのか - 紙屋研究所

    共産党がアニメやマンガの表現規制に「方向転換」したのではないかと、ネットの一部で話題になっている。 togetter.com 共産党は今回の総選挙政策で 「児童ポルノ規制」を名目にしたマンガ・アニメなどへの法的規制の動きに反対します。 と明確に言っている。それなのに、なぜこんな騒ぎになるのかといえば、ジェンダー分野で書かれている政策がこれと矛盾するのではないかという疑惑を招いているからである。 結論を言っておくと、「表現の法的規制ではない」というのがぼくの受け止め。しかし、政策としての叙述の仕方として最悪のものだと思う。どこかの政権党っぽく言ってしまうと、見事に「誤解を招く」。書いた人のセンスを疑う。 問題の、ジェンダー分野における共産党の該当政策はこの部分である。 ―――児童ポルノは「性の商品化」の中でも最悪のものです。児童ポルノ禁止法(1999年成立。2004年、2014年改正)に

    共産党はマンガ・アニメの規制にカジを切ったのか - 紙屋研究所
  • 『宇崎ちゃんは遊びたい!』献血ポスター問題を考える - 紙屋研究所

    『宇崎ちゃんは遊びたい!』を使った献血ポスターとそれをめぐっての太田啓子弁護士のコメント・行動が炎上しているな。 togetter.com 太田は詳しくは述べていないようだが、要するに宇崎ちゃんの「巨乳」強調のイラストが「無神経」であり「公共の場での環境型セクハラ」であるからという理由で赤十字に何らかの苦情を言ったものと思われる(くりかえすが、この理由は推測に過ぎない)。 これに対するツイッターなどのネット上のコメントを見ると、「あいちトリエンナーレ」の騒動と重ね合わせて、これも表現の自由に対する攻撃ではないのか、という意見がけっこう目立った。 「巨乳強調」は女性の人権を侵すか そもそもの問題として、巨乳を強調したイラストを大勢の前に掲示するのは女性の人権を侵すこと、「環境型セクハラ」になるのか。 結論から言えば、「環境型セクハラ」=法令上の人権侵害とは思えないが、女性を性的な存在とのみみ

    『宇崎ちゃんは遊びたい!』献血ポスター問題を考える - 紙屋研究所
  • コミケでの中核派参加問題、「韓国人・中国人お断り」張り紙問題 - 紙屋研究所

    コミケでの中核派参加問題、「韓国人・中国人お断り」張り紙問題について思うことを書いてみる。*1 togetter.com togetter.com コミケは自主的な団体である。そういう団体がどのような結社方針を持とうがそれは結社の自由である。だから、「中核派お断り」という方針を持つことは、非難されるかどうか別にして、法律では規制されない自由である。もちろん「共産党お断り」「自民党お断り」という方針を持つことも自由である。 しかし、自主的な団体として結社の自由を行使できたとしても、その結社の自由を制約される場合がある。結社の自由は広く認められないといけないのだけども、どうしても緊急避難的に結社の自由という人権を制約・調整してでも保護すべき他の人権があるからだ。 例えば、「障害者お断り」。これは障害者差別解消法の「不当な差別的取り扱い禁止」に違反する。 同じように、「韓国人・中国人お断り」。こ

    コミケでの中核派参加問題、「韓国人・中国人お断り」張り紙問題 - 紙屋研究所
  • 娘が絵本を読まなくなってしまった - 紙屋研究所

    5歳の娘は今年、年長である。絵を読まなくなってしまった。 どうなっているかというと、マンガばかり読んでいるのである。 児童マンガとしての『よつばと!』 - 紙屋研究所 実験的に与えたのだが、さすがにこれはどうなんだという不安の気持ちで見ている。つれあいが、お前がマンガなど与えるからという目で見ている。 図書館に行かなくなってしまった。「いかない」と言う。しつこく誘うが行かない。買い物のついでに寄ったりするとそれなりに楽しんで過ごすくせに、「いく」とは言わないのである。 ちょっと待て。整理しよう。 ぼくは一体、何を不安に思っているのか。 そもそもそれは当に「不安」なのか。 ぼくの不安の中核「このままマンガ漬けになって、字のを読まなくなったらどうしよう」 ぼくはいま自分が好きだから、好きの子どもに育ってほしいという願いを持っている。そこで出てくる不安は「このままマンガ漬けになって、字

    娘が絵本を読まなくなってしまった - 紙屋研究所
  • 電力会社はもう少し真剣に考えようよ&運動側も要求を整理してね - 紙屋研究所

    電力会社との交渉(意見交換)に参加して 原発を見に行ったのとあわせて、電力会社との交渉(つうか意見交換)に参加する機会があった。 電力会社側が「福島の事故は津波によって引き起こされた」といったので、こちらの一人が「いや、地震と津波でしょ」と返すと、「いいえ、津波です。保安院もそう説明しています」と意地に。「それは違うでしょ」「国会答弁でも確認されてるぞ」「問題発言になっちゃうよ」と騒然となった。 あくまで「政府と保安院の地元説明が最近おこなわれて、『津波による事故』だと私はきちんと聞きました。確認してください!」とつっぱねる会社側。ぼくはちょうどIAEAへの政府報告書(概要版)を持っていたので、その1ページ目の出だしに、 その地震と津波により引き起こされた原子力事故 http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/pdf/00-2-gaiyo.pdf http

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    feel
    feel 2011/06/12
  • 『ベルベット・キス』『義父と先生と』『ずるいカラダ』『S彼×禁断』『快楽電流』 - 紙屋研究所

    以前、二十人ほどの作家の書いた官能競作集を話題にしたことがある。知人が、「それじゃあ、あなたが面白いと思ったやつを一つか二つ見せてくれる?」と言うので、後日、私がもっとも“感じた”二編を送ったところ、彼女が笑いながら言ったものだ。「あなたのセクシュアリティがよくわかったわ」 セクシュアリティに関する分析にはそういうところがある。分析される対象よりも、かえって分析するこちら側のセクシュアリティをあぶり出してしまうところ……。(藤由香里『快楽電流』p.137) ぼくがマンガを語る手法というのはいわゆる「自分語り」に近い。しかし自分の中には必ず社会が反映しているし、普遍性が横たわっている。ヘーゲルのいうところの「特殊は普遍である」。マンガを読んだときの自分の感覚から出発することを「自分語り」と蔑み、それへの反動として「客観的」な論じ方を用意しようとマンガ評論はあがき続け、表現論的な批評・研究の

    『ベルベット・キス』『義父と先生と』『ずるいカラダ』『S彼×禁断』『快楽電流』 - 紙屋研究所
  • 上野顕太郎『さよならもいわずに』 - 紙屋研究所

    平均寿命よりもずっと若い年齢で、最愛の人がいなくなってしまう――そういうふうに思いを馳せることが、最近3つのパターンでぼくを襲っている。 第一は、義姉(兄の)が亡くなったことだ。40代、がんであった。高校生と大学生の子どもがいた。兄が葬儀の日にみんなを前にあいさつしていたように、義姉は他人に不快感を与えるということから最も縁遠い存在で、義姉の温かさで家族の基調がつくられていた。「仲のよい家族」という、ぼくのなかでの理想の一つを構成する家族像の中心にいた人である。 最初にがんがみつかって、いったん治癒し、しかし、数年して転移という顛末をたどり、家族や周囲は義姉が「死ぬかもしれない」「義姉がいなくなる生活を想像しなければならないかもしれない」ということをおよそ10年近くかけて覚悟しながら、生活を送っていった。 第二は、娘とつれあいの両方、もしくはどちらかが、「いなくなる」という想像をたえずし

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  • 大島永遠『まんがかぞく』 - 紙屋研究所

    大島永遠『まんがかぞく』(双葉社)は、面白すぎた。 サブタイトルに「一家4人全員漫画家」とある。 そして大島永遠のこの絵柄。 こうくれば、誰が見ても、陳腐な設定のドタバタコメディしか思い浮かばない。 父がアイデア、キャラづくり、母が下描き、姉が背景とペン入れ、妹がトーンはり……とか家内制手工業みたいなそんなやつ(適当)。 全然違った。 すべて実話である。 しかも家内制手工業じゃなくて、4人がすべて独立した漫画家。 父=『バツ&テリー』で有名な大島やすいち 母=レディコミの川島れいこ 娘(姉)=『女子高生』で知られる大島永遠 娘(妹)=(エロ)4コマの連載を持つ三島弥生 もうだめだ。もうすごい。どうにでもして。 いかかであろう。この設定、いや設定じゃない、この興味を持たないわけにはいかない絶対的な現実の事実そのものが、もはや尋常じゃない。あと、どんな絵や話つけたって、面白くならないわけがない

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  • 東京都の青少年条例について思う - 紙屋研究所

    西日新聞の投書 先日(2010年12月9日付)の西日新聞の投書欄に「過激な性表現 規制やむなし」という70歳の人の投書が載った。もちろん東京都の青少年条例の件だ。 投書は、表現の自由という主張に一定の理解を示しつつも、規制はある程度はやむを得ないとする。 私には最近の性に対する感覚は異常に映る。一昔前なら非難された「できちゃった婚」や「援助交際」という名の売春。言葉にも意識にもモラルや罪の意識が薄い。それらが規律を乱していないか。 性観念の紊乱や崩壊が起きている、という指摘である。この文章の後に、教師や知識人の性的頽廃を嘆くくだりが続く。社会の自浄作用として善導を期待されている人々がその体たらくだから、行政が乗り出すのもしょうがないじゃん、というロジック構成だ。 この種の年配者の発言には、条例の内容などを早とちりするものが多いが、この投書は立法の内容を基的に正確におさえ、性的刺戟など

    東京都の青少年条例について思う - 紙屋研究所
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