This webpage was generated by the domain owner using Sedo Domain Parking. Disclaimer: Sedo maintains no relationship with third party advertisers. Reference to any specific service or trade mark is not controlled by Sedo nor does it constitute or imply its association, endorsement or recommendation.
2009年06月14日06:00 カテゴリ書評/画評/品評Value 2.0 たった一つの持続するやり方 - 書評 - いくつもの壁にぶつかりながら PHPエディターズ・グループ田畑様より献本御礼。 いくつもの壁にぶつかりながら 村田早耶香 書評がすっかり遅くなってしまった。発売日前に上げるつもりだったのだが。ちょっと体調を崩している間に発売日が来てしまったが、すでにAmazonでは売り切っているようだ。売れているようでなにより。 「今時の若者はすごい」の例が、また一つ加わった。 本書「いくつもの壁にぶつかりながら」は、特定非営利活動法人かものはしプロジェクトの代表の、19歳から27歳の今までの軌跡。 目次 - いくつもの壁にぶつかりながら?|?書籍?|?PHP研究所より わたしが出会った、あるカンボジア人少女の物語 第1章 カンボジアの児童買春問題 第2章 かものはしプロジェクトのスター
少年兵は自分が殺した死体の上に座って食事をした かくして少年兵は生まれる ナイフで切り裂いたような足の裏 逃げ惑う少年の悟りの如き諦観 ドラッグ漬けにされる少年兵 少年兵−捕虜を殺す競争 飢えと寒さに苛まれながらも少年は逃走する。離れ離れになった家族との再会を目指して。だが、とうとう反乱兵につかまってしまう。反乱兵は少年達を二つのグループに分けた。そして―― 片方の腕をさっと伸ばしてぼくらを指し、反乱兵の一人が言いはなった。「目の前にいるこいつらを殺すことによって、おまえら全員を入隊させる。血を見せれば、おまえらは強くなる。そのためにはこうすることが必要なのさ。もう二度とこいつらに会うことはないだろう。まあ来世を信じていれば話は別だが」。彼はげんこつで自分の胸をたたいて笑った。 ぼくは振りかえってジュニアを見た。目が赤い。涙をこらえようとしているのだろう。彼はこぶしを固く握りしめて、手の震
・『夜中に犬に起こった奇妙な事件』マーク・ハッドン ・暗闇の速度 ・『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン ・『グレイラットの殺人』M・W・クレイヴン ・ミステリ&SF 近未来SF。主人公のルウは自閉症である。味わい深い文章であるためスラスラ読み進めることができない。文体とストーリー展開が見事に一致している。稀有。難点はただ一つ。時折、語り手が一人称になったり三人称になっているところ。これが少しわかりにくい。 ルウは製薬会社に勤務し、専門的な研究をしている。会社にとっては障害者雇用の補助金をもらえる上、特定の分野で才能を発揮する彼等は一石二鳥ともいえる存在だった。 ルウは色や数などのパターンを細密に読み解く。にもかかわらず自閉症のため、人の表情を読むことができない。表情と意味がつながらないのだ。会話も苦手である。隠喩はまったく理解できない。言葉に込められた感情がわからないためだ。それ
親が読んで、ほっとする本。 フェミニストが何と言おうが、男の子の子育てと、女の子の子育ては、ちがう。男女は、性差ではなく性格が性別に定着していくもの。つまり、「男の子らしさ」や「女の子らしさ」は、お互いもともともっており、成長の過程で(主として環境により)際立たせられていくものでないかと。 しかし、ほとんどの育児本は、性差を意識していないか、あるいは「男の子限定」の内容となっている。なぜなら、育児本を手にするのはたいていママだから。「女の子=自分が小さかった頃」を考えて、自分を基準にしてしまうだろうから。 そんなニッチにピッタリとあてはまる本を読んだ。なじみの図書館の予約待ち順位は、「100位」。amazonでは見えにくいが、本書がどれだけ望まれているか、よく分かる数字だ。娘を持つ親のためのアドバイスが満載しており、まさにいま読みたかった一冊。 とはいうものの、デジャヴ感やライフハック臭も
すごい本が日本で出ました。 私は、よく自閉症のお母さんと、こういう話をしていました。 車いすの人が、病院とかいって、 「すみません。2階に行きたいんですが・・。」って言ったら案内の人が 「エレベーターは、ここを右にいって、次の角を左に曲がったところにあります。」 って言うじゃない?あんな感じでさー。自閉症も病院にいったら、 「自閉症です」って言うと 「あっ、はいはい」 って言って対処してくれるような事にならないかなー。 友達と 「そんなの無理だよね。ははは・・夢物語か・・。」 と話していました。 ところが!すごい本が日本でています。 これです。 これは、医療機関で働くための人の本ですが、どのように発達障害児の診療を助けるか?が書かれています。これは、お母さんも読むべきだと思います。必須です。というのも、医療機関の方たちがこのような対応をしてくださっているのに、母親が理解できずにオタオタして
ものすごい本に出会いました。 タイトルどおり発達障害(2年前にASと診断されたそうです)の当事者が、自分自身がどう感じどう生きてきたかを著した本です。 前にも書いたように、私は自分の子供がどのように世界を感じているか少しでも解りたくて、高機能の自閉症の方が書かれた本を好んで読んできましたが、ここまで詳細に記述されたものは初めてです。 ニキ・リンコさんが「モンダイな想像力」や「情報の便秘」と言った言葉で表現されている感覚が、深い内観に基づいた心象描写によって現実感を持って再現され、発達障害の方がどの様に世界を感じているかを知る事ができると供に、その生きにくさと、逆に、その身体ゆえに感じる事ができる神秘的な感覚を追体験しているようでした。 そして(本書の中でも言及されていますが)自閉症の特性として説明されているような、第三者が表に現れるものを定型発達者の感覚で解釈した事と、当事者の方が実際に感
昭和60年(1985年)3月28日から4月8日まで全10回に亘り、北海道新聞の夕刊に掲載された、伊福部先生唯一の自伝(インタビュー形式)です。
ラムダ関連の教科書・参考書を聞かれてもよく知らない、というのがホントのところです。が、知ってるものだけ挙げると、まず、正統的なラムダ計算の定番教科書は、 Barendrect, H. "The Lambda Calculus -- its Syntax and Semantics" (North Holland 1981) HINDLEY & SELDIN "Introduction to Combinators and λ-Calculus" (Cambridge, 1986) とかでしょう。しかし、これらは随分古いので今はもっと読みやすいものがあるのかも知れません。 Barendrect はよく引用されているようですが、僕は見たことがありません。HINDLEY & SELDIN は持ってますが、付録3の CARE OF YOUR PET COMBINATOR 以外はちゃんと読んでません
今から十数年前のこと。ヤクザ映画の後追いファンになった私は、新宿の片隅にあった昭和館に週をおかず通っていた。同名の歌が大ヒットした「網走番外地」、群像劇の傑作「仁義なき戦い」、三島由紀夫も好きだった唐獅子牡丹の「昭和残侠伝」……義理と人情の板ばさみに悩みながら、ドスを片手に暴れまわる男たちに何を託していたのか。いま考えると恥ずかしさが先に立つ。 映画をきっかけに現実のやくざにも興味をもった。何冊かの本を読み、やくざについてはわかった気になっていた。ところが本書を読み、「スクリーンの上のやくざと現実のやくざは違う」と一知半解を恥じた。 会社と同じ、やくざも一つの利益集団なのだが、その利益がどこから来ているのかという下部構造の認識が抜け落ちていた。やくざ本来の粗暴さを如何なく発揮し、たまたま規模が大きくなったのが山口組だろう、と思っていたら、そんな単純な話ではなかったのだ。 本書は、40~50
S嬢さんのところで紹介されていた「自閉症の社会学」を読んだ。私は感想文が苦手なので、それらしきものは書けない。でも面白かったです。どれくらい面白かったかというと、低め安定を保っていた気分が軽い躁状態になったような感じがするくらい面白かった。 「自閉症の社会学」の面白さは、やはり一方的な視点ではないところだと思う。私は以前、定型発達の人の言葉を「通訳」したことがあるのだけれど、その作業をしながら、文字に現れていない言葉を、どうやって自分は解釈しているのか不思議な気分になったことがある。 私にとっては「自閉症裁判」よりも面白かった。「自閉症裁判」は少し感情が入りすぎている印象がある。それが読みやすさにつながっているのだと思うのだけれど、ややおおげさな表現がたまに気になってしまった。これは私が小説が苦手だということと関係があるのかもしれない。 ちなみに「自閉症裁判」はアスペルガー当事者の知人には
遅ればせながら映画『容疑者ケインズ』、もとい、映画『容疑者xの献身』を観てきた。 なぜ観に行ったか、というと、ぼくがCDまで買ってしまいそうな勢いの柴咲コウのファンだからでは決してなく、福山演じるガリレオ先生の講義のように教室を女子大生でいっぱいにするにはどうしたらいいかを学びたいから、ってえのでも全くない。実は、小学生の息子が、「どうしても観たい」、といったので連れていくことにしたのだ。息子は、テレビでの『ガリレオ』を観て、このシリーズのファンになったようだ。表向きには、理科マニアであることが理由なのだが、その実、柴咲お姉さまにやられてしまっているのかどうかは定かではない。(ママには内緒にしといてあげよう)。まあ、理科雑誌「RikaTan」(ムペンバ効果と経済 - hiroyukikojimaの日記参照)を与えて以来、繰り返し熟読しているので、まんざらウソでもないだろう。本当に、この雑誌
・オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険 学術的には否定されているのに既成事実として何度もよみがえる心理学の話や考え方を叩き割る。 第一章のオオカミに育てられた少女アマラとカマラの話は作り話だったという事実に驚かされた。この事件は幼児期の大切さを説く材料として日本の小学校の道徳や高校の倫理の教科書にも使われてきた。私も学校で聞いた記憶がある。 アマラとカマラについては、発見者らによって詳細な観察日誌(和訳も出版されている)や写真が大量に残されている。二人の少女らしき人物がいたことは事実のようなのだが、オオカミに育てられた、だとか、保護された後の生育状況などは真っ赤な嘘らしい。著者は専門家ならばすぐに見破れる大きな矛盾を幾つも指摘している。ところが、当時、資料を真に受けた発達心理学者の大物がアメリカに紹介したために、マスメディアが大きく取り上げて、世界中が本当の話だと信じ込んでし
・プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? タイトルから内容がわかりにくいが、タフツ大学の小児発達学部教授で読字・言語研究センター長が書いた「読書脳」の本である。 私たちが字を認識して読書をする能力は、脳の特殊化と回路の自動化のおかげだという。人間は生存に必要な物体認識の古い回路を特殊化して文字認識の回路に再構成した。やがて視覚が受け取った情報を言語として理解するプロセスは高度に自動化されて流暢に読み書きをする能力になった。人間の読字能力の獲得には2000年を要したが、現代人は生まれて2000日でこの言語能力を身につける。 使用言語によって脳の使い方が異なるという点が興味深い。漢字とアルファベットでは脳の別の領域を使う。漢字と仮名が交ざった日本語を使う日本人の脳は、漢字を読むときは中国語に近い経路を使うが、平明な音節文字である仮名部分ではアルファベットに近い経路が活性化する。バイ
9月は、なんだかんだとむっちゃ忙しくて、ぜんぜん更新ができなかった。意地になってぎりぎりの今日、更新しようと思う。 実は今日、雑誌『現代思想』青土社の11月号の企画で、数学者の黒川信重先生と対談、というか、聴き手をしてきた。特集は、「数論」、正直なところ、『現代思想』の企画としては、無謀というか画期的というか、スリリングなものだと思う。聴き手を務めるにあたって、黒川先生の名著『数学の夢〜素数からのひろがり』岩波書店を再読して臨んだ。 数学の夢―素数からのひろがり (岩波高校生セミナー (4)) 作者: 黒川信重出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1998/05/07メディア: 単行本購入: 3人 クリック: 114回この商品を含むブログ (2件) を見るこの本は、高校生のために開催されたセミナーで黒川先生がなさったレクチャーを収録したもので、ゼータ関数の魅力を高校生になんとかわかるように
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く