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百合と考察に関するmosshmのブックマーク (5)

  • 「百合」的な空気は、関係性だけが作るわけじゃない。 - たまごまごごはん

  • 考察:百合っこと、百合好きな女のコは違うという話 やまなしなひび-Diary SIDE-

    「やまなし、テメーが女を語るんじゃねえよ」シリーズ第2弾。 「男児から見た感情移入先としての百合」は以前に書きましたが、今日は女のコ視点からの百合話(を男が書くというチャレンジ)です。 「ホモが嫌いな女子などいません!」以上に「百合が嫌いな男子などいません!」と僕は思うのですが、「百合が嫌いな女子もいません!」と言いたいくらいに百合好きな女のコも結構いるんですよね。少なくとも、ホモ好きな男のコよりは多いんじゃないかと思います。すなわち、百合最強。 でも、この「百合」って、定義が曖昧なまま話が進んでいることがほとんどですよね。 ・「百合」と「レズ」の境界はどこ? ・「女のコ同士のイチャイチャ」はどこまでOK? 喩えば、「百合」を「ガチな同性愛」と捉えている人と、「百合」を「女のコ同士がキャッキャッ言っている様」くらいに捉えている人では話が噛み合わないんですよね。 話が噛み合わないだけならば、

  • 「百合的作品」群から見た少女幻想と、ネバーランド住人たち。 - たまごまごごはん

    「マリみて」OVA発売カウントダウン!どこで何の特典がつくか調べてから予約しなきゃ(`・ω・´)真冬なのに真夏を見られるこの幸せ。ああ今の時代に生きていてよかったありがとうマリみて。 OVAといえば「手に入らない」と大騒ぎになってる「かしまし」13話。ある意味予定調和的なエンディングが冷静なファンには「やっぱりあのね商法はあかんて」と色々叩かれるところもあったようですが、以前も書いたように「かしまし」ジャンキーとしては最高のエンディングでありました。やす菜超いらないビッチとか友人と話していたのが恥ずかしくなるくらいの、やす菜のかわいらしさっぷり。ごめんやす菜。 そしてはずむ君がヒロインであり続けたこともGOOD。 はて、そんなかしまし厨である自分でもふと複雑な気持ちになることもあります。 「はずむ(中身は男性)はヒロインで少女のままでよかったのか?」ということ。 アニメ版だけでいうと、はず

    「百合的作品」群から見た少女幻想と、ネバーランド住人たち。 - たまごまごごはん
  • ■ - Something Orange

    色々考えたのだけれども、そういうものの中において、もはや男性の欲望は少女の主体の側に同化してるんじゃないかと。少女を殺してべたMとか、そもそも殺したいとかべたいとかいうことの中には同化の願望があるんじゃないか。 田透氏なんかの著作を読んでいても、現実の女はイラン、2次元だけでいいと書いてあるけれども、じゃあどうしてそうやって必死で作り上げるイメージが少女なのか。女でなければならんのか。ということが気になるのですよ。なんで少年同士で、とかいうことには間違ってもならんのか。だって持ってるカラダが違うじゃないですか。なぜ大塚英志氏は少女に異常な執着を持って研究なさるのですか。 ――「少女になりたい人たち」 2ヶ月も前の記事だが、最近見つけたので言及しておく。 さて、どうだろう。ぼく個人にかんしていうなら、少女になりたいという願望はないと思う。 潜在意識の底までさらってみればどうかはわからな

    ■ - Something Orange
  • 「マリみて」から、百合をもう一度考える。 - たまごまごごはん

    マリみてって、実際「百合」なの? マリみてはいわゆる百合じゃない!(かーずSPより) 百合とはなにかを考え直させてくれるしっかりしたエントリ。 もし百合を「AからBへの恋愛」と定義した場合、百合なシーンはあまりないですネ。マリみて。 このへん、それぞれの定義感で違うと思うので、人によってはあってもいるしちょっと違っているとも思います。 以前も書いたような自分の中での定義は「女性としての存在Aさんから女性としての存在Bさんへの、親愛や恋愛の感情や関係性を描いた作品」と、わりと広めにとっているので、「マリみて」は「百合」です。自分内で。 たまごまごなりの、マリみて観 一応説明も書いてみます。 聖と栞の関係や、志摩子と乃梨子の関係などは友情だけならぬさらに深い親愛の情を、普通の作品以上に中心の主題にしています。それを繊細に描いていると思うので、他の友情作品とは違う特別なものとして扱われます。マリ

    「マリみて」から、百合をもう一度考える。 - たまごまごごはん
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