日米安全保障条約をサンフランシスコ講和条約と抱き合わせで締結した当時、日本の政治家や官僚や資本家たちは、本心ではアメリカ軍が日本領土内に一方的に駐留を続けることを屈辱と感じ、日米安保体制をあくまでも将来の大日本帝国復活のための「臥薪嘗胆」と考えていたはずだ。 なにしろ日本では敗戦を挟んで指導者が交代したわけではなく、「大東亜共栄圏」を唱え、「鬼畜米英」と呼号した連中が戦後すぐに国家中枢に復帰した。自己と国家を同一化し、自己肥大幻想を国家の膨張主義に「昇華」させる彼らが、在日米軍という「異物」を自らの体内に抱えることは矛盾以外のなにものでもない。 そんな彼らがどうやって日米安保体制を自分自身に納得させたかというと、「共産主義」の「脅威」から日本を「守る」ためにはアメリカの力が必要だという論理を受け入れることであった。 ソ連が消滅し、中国が今や新自由主義顔負けの競争社会になってしまった現在では
メディア まぁ他の新聞なども報道していますが。ぼくの今のところの姿勢は「詳細な続報を待ちたい」という感じ。もうすでに実際にレイプがあったものとして容疑者について何か言っている人も目立ちますが、そういう人は過去のいろいろな報道で何をどのように学んだのか皆目不明です*1。容疑を認めている、ならともかく、容疑を否認している、というのが気になる。米兵(海兵隊)の犯罪率と「ファースト・レイプ」は本当にあったのかについて - 愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記 服役後に真犯人が出現した例もあり、裁判が終わるまで、いや、それが終わっても言及しないほうが慎重ですね。200年くらい経ってから言及すると歴史的評価も定まっていいかもしれない。あと、水俣病の件みたいに、基準条項を厳しく設定し、「全て満たしていないので○○とはいえない」という修辞法は、結構便利。「冤罪」の件とかね。"米兵(海兵隊)の犯罪率と「ファ
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