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ファンタジーとつばさに関するoukastudioのブックマーク (134)

  • つばさ 第二部 - 第九章 第十三節

    周囲を暗闇に包まれていても、はっきりと風を感じる。 自分はおそらく空中にいるのだろう、それもかなり高い位置に。 ――うかつだった。 油断があった。 状況の把握のために仲間を方々へ派遣したあと、拠点に残ったのはわずかな人員のみ。みずから孤立する状況をつくってしまった。 ユーグがいたら諫めたのだろうが、他のみんなもどこか冷静さを欠いていたのだろう、反論の声はまるでなかった。 しばらく待っても連絡がない。城のことがどうしても気になることもあって、こらえきれなくなった自分がそちらへ移動しようとしたときだった。 突然、背後から口を押さえられた。『なんだ!?』と思った次の瞬間には気を失っていた。 そして気がつけば、この状態。独特の匂いからして麻で編まれた袋に入れられているらしい。 無礼な振る舞いにかっと頭が熱くなるが、今ここで暴れても意味がない。それよりも、可能なかぎり周囲の様子を探った。 自分は誰か

    つばさ 第二部 - 第九章 第十三節
    oukastudio
    oukastudio 2017/11/23
     周囲を暗闇に包まれていても、はっきりと風を感じる。  自分はおそらく空中にいるのだろう、それもかなり高い位置に。  ――うかつだった。  油断があった。  状況の把握のために仲間を方々へ派遣したあと、拠
  • つばさ 第二部 - 第九章 第十一節

    壮麗なるシュラインシュタットの裏手に屹立する山、その頂上付近は〝彼ら〟の領域だった。いくつもの翼がそこかしこに入り乱れ、何を話すわけでもなく、ただ静かに時が経つのを待っている。 元より、彼らは無駄な言葉を使うことが少ない。不安があれば、しゃべらずにはいられない人間との大きな差であった。 時間を気にしないこともそのひとつだ。待つことを嫌う者は少ないが、それでも今は来やるべきことがあった。 にもかかわらず動かないのは、ここにいつもいるはずの肝心な人物がいないからだ。 「まぁた、お嬢は来てねえのか」 苛立たしげにゼークは、腰に佩(は)いたままの自身の剣を片手で揺り動かした。 翼人の世界でも、いつも余計な一言の多い者もいる。これに関しては、人間の世界とまったく一緒だった。 やや非難のこもった彼の言葉に、萌葱色の翼をしたナータンが反論した。 「仕方がないよ。侯妹(こうまい)としても忙しいんだし」

    つばさ 第二部 - 第九章 第十一節
    oukastudio
    oukastudio 2017/11/10
     壮麗なるシュラインシュタットの裏手に屹立する山、その頂上付近は〝彼ら〟の領域だった。いくつもの翼がそこかしこに入り乱れ、何を話すわけでもなく、ただ静かに時が経つのを待っている。  元より、彼らは無駄
  • つばさ 第二部 - 第九章 第十節

    高台にある館からはシュラインシュタットの町並みが見渡せ、通りをゆく人々の流れがよく把握できる。 ネリーはその光景を眺めているのが好きだった。人の笑顔、行き交う声から活力を得られるような気がした。 だが、いつも長く見ていることはできなかった。 ――アルスフェルトの町を思い出してしまう。 いい思い出も悪い思い出もたくさんあった町。 そして、滅んでしまったであろう町。 すべての記憶が甦りそうになって、ネリーはあわてて振り払った。 ――今はまだ耐えられそうにない。 あえて思考を閉じるしかなかった。 それでも、頭に浮かんでくるのはネガティブなことばかりであった。 ――ここに来るんじゃなかった。 あのとき、新部族と話し合ったあのとき、人員を交換する話の際に自分は反射的に名乗り出た。 これが千載一遇の機会と思えたから。 だが、それは大きな間違いだった。 ――〝あの人〟はこの場にいない。 そのことにほっと

    つばさ 第二部 - 第九章 第十節
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    oukastudio 2017/11/03
     高台にある館からはシュラインシュタットの町並みが見渡せ、通りをゆく人々の流れがよく把握できる。  ネリーはその光景を眺めているのが好きだった。人の笑顔、行き交う声から活力を得られるような気がした。
  • つばさ 第二部 - 第九章 第九節

    厚い雲が重くたれ込み、やや湿り気を帯びた風が鎧をまとった兵士たちをなぶっていく。 ノイシュタット侯軍の陣では、準備を終えた騎士たちがそれぞれの持ち場で警戒を怠ることなく、主からの指令を待った。 フェリクスは幕舎から出ると、憂な顔で天を仰いだ。 「急に天気が怪しくなってきたな」 「怪しいのが天気だけならいいのですが」 背後に控えるユーグが、わざとらしくため息をついた。 「確かに敵軍は怪しい。相も変わらず暴徒と正規兵が混在しているようだ」 「いえ、ほとんどが正規兵と考えてよいかと。こちらを攪乱するためにあえて庶民の格好をしているのでしょう」 「ご苦労なことだ」 フェリクスはさして興味もない様子であったが、ふと背後の不遜な騎士を振り返った。 「怪しいといえば、敵方だけではないだろう?」 「と言いますと?」 「アーデも十分怪しいと思うがな」 突然のクリティカルな指摘にぎょっとした。 動揺を覆い隠

    つばさ 第二部 - 第九章 第九節
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    oukastudio 2017/11/01
     厚い雲が重くたれ込み、やや湿り気を帯びた風が鎧をまとった兵士たちをなぶっていく。  ノイシュタット侯軍の陣では、準備を終えた騎士たちがそれぞれの持ち場で警戒を怠ることなく、主からの指令を待った。  フ
  • つばさ 第二部 - 第九章 第八節

    方々から、危険なまでの熱気に満ちた声が上がる。 貧しい身なりをしながらも目を爛々と輝かせた者たちが拳を振り上げ、足を踏み鳴らす。 ふだんは静かすぎるほどに静かなはずの村を、早朝とは思えない空気が覆っていた。 「立ち上がれ、みんな! 今こそ〝奴ら〟に報復するんだ!」 その声に呼応し、怒りと憎しみに満ちた攻撃的な気配が広がっていく。 その様子が村全体へと浸透していくのを上空から確認し、ヌアドはひとりほくそ笑んでいた。 ――これでいい。 ここまでは予定どおり、狙いどおりだった。元から現状に不満を持っていた者たちは、ちょっとしたきっかけで爆発し、その炎を野火のごとく広げていく。 あらかじめ準備をさせておいた男に煽らせたのはよかった。予想よりも早く人が集まり、過剰なまでの熱を伝染させていく。 だが意に反し、それを押し止める声があった。 「待ちなさい」 声の主は誰あろう、ここ、ハレの村の長老であった。

    つばさ 第二部 - 第九章 第八節
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    oukastudio 2017/10/27
     方々から、危険なまでの熱気に満ちた声が上がる。  貧しい身なりをしながらも目を爛々と輝かせた者たちが拳を振り上げ、足を踏み鳴らす。  ふだんは静かすぎるほどに静かなはずの村を、早朝とは思えない空気が覆
  • つばさ 第二部 - 第九章 第七節

    シュラインシュタットという町は、明らかに盛り上がっていた。外に開かれていて自由な雰囲気に満ち満ちている。 あちらこちらでさまざまな服装をした者たちが行き交い、昼、夜となく大通りは人でごった返す。 そんな中を、二人の少年が楽しげに連れ添って歩いていた。 「俺は、こっちのほうが好きだな」 「うん」 なぜか手に持った小袋を振り回しながら言うドミニクに、ルークもとりあえず同意した。 ドミニクにとっては、ここも故郷のひとつだ。 父親の仕事の都合もあり、帝国と共和国を行ったり来たりだったが、どこか停滞した空気のあるダスクより、ここノイシュタットのほうが過ごしやすかった。 二人が軽快に道を進んでいくと、やがてシュラインシュタットの城の威容が目に飛び込んでくる。 その質実剛健な姿は見る者を圧倒し、あたかもここノイシュタットの勢いを体現しているかのようだった。 「俺もいつかあそこへ行けるかなぁ」 「え?」

    つばさ 第二部 - 第九章 第七節
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    oukastudio 2017/10/06
     シュラインシュタットという町は、明らかに盛り上がっていた。外に開かれていて自由な雰囲気に満ち満ちている。  あちらこちらでさまざまな服装をした者たちが行き交い、昼、夜となく大通りは人でごった返す。
  • つばさ 第二部 - 第九章 第六節

    遠方に侯都シュラインシュタット、そして眼下には森の外れ、草原の端に位置するひとつの天幕(テント)が見える。周囲には、人間の気配も翼人の姿もない。 マリーアと再会したヴァイクは、新部族の拠点に戻ることはせず、ある人々を捜し出すためにあれ以来ずっと動き回っていた。 ――ジャンとベアトリーチェは無事らしい。時間を置かず、そのうち会えるだろう。 喫緊の課題は、〝極光〟のほうだった。リファーフの村の一件以来、その影すら確認できない。 あのときのような誤解と混乱は二度とごめんだ。今のうちに、できれば話し合っておきたかった。 しかし、手がかりはまるでない。途方に暮れたヴァイクは助力を乞うべく、アオクの元へ来たのだった。 下方に見えるテントの脇へ急降下し、音もなく着地する。 ――誰か、来ている? 内側からの声がわずかに耳に届いた。はっきりとは聞き取れないが、アオクとは別の男の声だった。 また新部族のナータ

    つばさ 第二部 - 第九章 第六節
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    oukastudio 2017/10/02
     遠方に侯都シュラインシュタット、そして眼下には森の外れ、草原の端に位置するひとつの天幕テントが見える。周囲には、人間の気配も翼人の姿もない。  マリーアと再会したヴァイクは、新部族の拠点に戻ることは
  • つばさ 第二部 - 第九章 第四節

    ローエの都グリューネキルヒェンにある城にいる者たちは、いつものごとく淡々とみずからの仕事をこなしていた。 といっても出撃の準備であるのだが、北の隣国ゴールなどとの争いに慣れた家臣らは、特にこころを乱すことはない――のだが、珍奇なことに、いつもはまるでやる気のないひとりの人物が朝からずっとあわてふためいていた。 「まだ出られないのか!」 書類の整理をしていたニーナが、振り向きもせずに答えた。 「まだ準備が整ってないんだから、しょうがないじゃないですか」 「だから、それを早くしろって言ってんだろ」 「じゃあ、ライマル様も手伝ってください。城の者はきちんと働いております、いつものとおり(、、、、、、、)」 「もっと急げって! だいたい、相手の動きが予想よりずっと早いじゃねえか」 「どうも焦っているようです、なぜかはわかりませんが」 「平気な顔して語ってるんじゃねえ! これは、とんでもないことにな

    つばさ 第二部 - 第九章 第四節
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    oukastudio 2017/09/29
     ローエの都グリューネキルヒェンにある城にいる者たちは、いつものごとく淡々とみずからの仕事をこなしていた。  といっても出撃の準備であるのだが、北の隣国ゴールなどとの争いに慣れた家臣らは、特にこころを
  • つばさ 第二部 - 第九章 第三節

    荒廃した帝都リヒテンベルクに今も凛としてたたずむ大神殿は、しんと静まり返っていた。 早朝だから、というのもある。しかしそれよりも、ここにいる誰もが声を発しようとしないのが大きかった。 その異様な空気に包まれた大神殿の一室で、前夜から話し合いをつづける四人の大神官たちは沈な面持ちで互いに向き合っていた。 「参ったな……」 と、リシェでなくとも愚痴を言いたくなる。 「帝国ではなく、あくまでノイシュタット相手の開戦か。ダスクの偽善者どもめ、考えおったな」 「確かに、フランコ殿のおっしゃるとおり。これでは、我々が動きたくとも動けません」 と、ミラーン。 「当に打つ手はないのでしょうか」 「ライナー、そこはすでにこれまで話し合ってきたじゃないか。元から、我々に与えられた手段は少ない」 「そうだな……」 リシェの言葉は正しい。動きたくとも動けない状況に関しては、今も昔も変わりはなかった。 「では、

    つばさ 第二部 - 第九章 第三節
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    oukastudio 2017/09/28
     荒廃した帝都リヒテンベルクに今も凛としてたたずむ大神殿は、しんと静まり返っていた。  早朝だから、というのもある。しかしそれよりも、ここにいる誰もが声を発しようとしないのが大きかった。  その異様な空
  • つばさ 第二部 - 第九章 第二節

    「宣戦布告だと?」 見慣れぬ服装の使者がもたらした一報に、謁見の間にいる面々が一気に色めき立った。 「長らく続いたノイシュタットの横暴を正し、かの地をあるべき姿、あるべき場所に戻す所存――」 要するに、開戦する旨の内容を滔々と語りつづける。敵中にひとり飛び込んできたというのに、場慣れしているのかその使者に怯んだ様子はまるでなかった。 一通り布告の中身を伝え終えると、使者は居丈高に胸を反った。 「お主たち、命が惜しくないようだな」 オトマルの一声に、他の家臣たちも同調する。 「よせ、使者に当たってもしょうがない」 「フェリクス様、これは共和国全体に対して言っておるのです」 「もういい。そなたも、とっとと帰れ。全面的に受けて立つとでも伝えておけ」 相手を射抜かんばかりの視線にさらされながらも、使者は最後まで慇懃無礼な態度を変えずに去っていった。 「さて――」 少し間を置いてから、主君たるフェリ

    つばさ 第二部 - 第九章 第二節
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    oukastudio 2017/09/27
    「宣戦布告だと?」  見慣れぬ服装の使者がもたらした一報に、謁見の間にいる面々が一気に色めき立った。 「長らく続いたノイシュタットの横暴を正し、かの地をあるべき姿、あるべき場所に戻す所存――」  要するに
  • つばさ 第二部 - 第九章 変転、崩壊

    こんなにも他人の態度に苛立ちを覚えることはない。 身なりだけは立派な壮年の男が神経質な表情で、たいして広くもない部屋で右往左往し、革で床を叩き、建て付けが悪い窓を罵る。 「カール」 「いったい、いつまで待たせるつもりだ。こっちは、朝からずっとここにいるというのに」 「おい」 「まったくこんなことになるなんて……共和国もノイシュタットも腹立たしい」 「落ち着け、カール」 「しかし……」 「いいから落ち着け! お前の態度が周りをいらいらさせる」 ふだんなら、こんなきついことはけっして言わない。しかし、さすがのダミアンも今は余裕がなかった。 ――まさか、ここまでとは。 まだ二人の執政官とは会えてはいない。だが、共和国に来た時点ですでに、十分すぎるほどの衝撃を受けていた。 ダスクが臨戦態勢にある。 首都ブランのすべてが物々しく、今日は平日だというのに街中は人影がまばらだ。 あちらこちらで軍の関係

    つばさ 第二部 - 第九章 変転、崩壊
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    oukastudio 2017/09/26
     こんなにも他人の態度に苛立ちを覚えることはない。  身なりだけは立派な壮年の男が神経質な表情で、たいして広くもない部屋で右往左往し、革靴で床を叩き、建て付けが悪い窓を罵る。 「カール」 「いったい、いつ
  • つばさ 第二部 - 第八章 第五節

    侯都の空は、抜けるように青く澄み渡っている。昔見た海のようにそれは深く、果てしなく広がり、空を舞うものは海鳥のごとくであった。 人間の世界でいう休日の午後は呆れるほど穏やかで、天も地も人の通りはまばらで朝からずっと静かなものだった。 ――のんきなものだ、危機が迫っているかもしれないというのに。 平和を体現するこの町は、なぜかあまり好きになれない。 シュラインシュタットにやってきたアイラことアーシェラは静かに嘆息しながら、西へ向かって飛んでいた。 新部族とやらにうまく潜り込んだものの、今のところやることがない。情報収集しようにも、意外と伝達経路は限られているようで、未だこの集団の実態は摑めないままだった。 自分でも無茶なことしているという自覚はある。だが、新部族と〝極光〟の急接近は予想を遥かに超えていた。 ――このまま放置していたら―― いろいろな思いが渾然一体となってこころをよぎる。 不安

    つばさ 第二部 - 第八章 第五節
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    oukastudio 2017/09/24
     侯都の空は、抜けるように青く澄み渡っている。昔見た海のようにそれは深く、果てしなく広がり、空を舞うものは海鳥のごとくであった。  人間の世界でいう休日の午後は呆れるほど穏やかで、天も地も人の通りはま
  • つばさ 第二部 - 第八章 第三節

    もはや初夏だというのに上空の風はどこか冷たく、春の残滓を感じさせる。前方から吹きつける空気は重く、飛ぶ速度を上げたくとも上げられないもどかしさがあった。 ――アオクに焦るなと言われたものの―― あれから何日も経ったというのに、ジャンと、そしてベアトリーチェの消息は未だ摑めないままだった。 とにかく手がかりがまるでない。はぐれ翼人の自分が地元の部族に話を聞くわけにもいかず、必然、やみくもに飛び回って捜すしかなかった。 だが、それももはや限界だ。これだけ飛んで何も得られないからには、やり方を大幅に変える必要があった。 「上からじゃ、もう駄目だ」 つぶやき、ヴァイクは人気のない辺りに向かって一気に降下した。 危険を承知で地上を行くしかない。そこには人間もいれば、敵となる同族もいるだろうが、何かあるとすれば森の中しかないだろう。 ――アオクもそう言っていたし。 確かに、この辺にはぐれ翼人の集団が隠

    つばさ 第二部 - 第八章 第三節
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    oukastudio 2017/09/19
     もはや初夏だというのに上空の風はどこか冷たく、春の残滓を感じさせる。前方から吹きつける空気は重く、飛ぶ速度を上げたくとも上げられないもどかしさがあった。  ――アオクに焦るなと言われたものの――  あ
  • つばさ 第二部 - 第八章 第二節

    「またか」 ノイシュタット侯が嘆きたくなるのも無理からぬことだった。 侯領の南方、フィズベクの地域はずっと懸案の種だったが、こうも問題がつづくとは。 「都市参事会が共和国へ寝返ったようです。民主制が彼らをそうさせたのでしょうな」 「ありがたい話だ」 オトマルの声もどこか遠く感じた。 状況は、想像よりも遥かに悪い。フィズベクでの暴動は先の戦いでいったんは鎮圧したものの、民の不満はかえってふくれ上がった。 「〝フィズベクの問題〟という言い方は、もうおかしいのでしょうな」 「裏で操っている奴らがいるかぎり、解決はしない」 フェリクスは、あえて天幕の外に目を向けた。 共和国。 ――まさか、ここまで強攻策に出てくるとは。 追いつめられているのか、それとも絶対的に勝つ自信があるのか。 「戦はすでに始まっているのだよ」 「なんともぞっとしない話ですな」 「〝百戦錬磨〟も怖じ気づいたか?」 「何をおっしゃ

    つばさ 第二部 - 第八章 第二節
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    oukastudio 2017/09/18
    「またか」  ノイシュタット侯が嘆きたくなるのも無理からぬことだった。  侯領の南方、フィズベクの地域はずっと懸案の種だったが、こうも問題がつづくとは。 「都市参事会が共和国へ寝返ったようです。民主制が彼
  • つばさ 第二部 - 第八章 序曲

    ビーレフェルトの一画にたたずむ館の空間は、不気味なほど、しん、と静まり返っていた。 いつもは黙れと言ってもしゃべりつづけるほど口達者な連中が、皆、しかつめらしい顔をして誰も発言しようとしない。 こういったときに場を取り仕切る、年長のグスタフさえもそのきっかけを失っていた。 「まさか、当に戦になるとはな……」 ダミアンが、まさに独りごちるようにして言った。 それに反応する者は少なかったが、しばらくしてようやくモーリッツが論駁した。 「まさかではない。こうなる可能性は最初からあった」 「ああ、見込みが甘かったとしか言いようがない」 二人のやり取りに、カールが机を叩いて言った。 「だ、だが、戦が起きても需要が落ちるわけじゃない。帝都騒乱のときだってそうだった」 「一時的には、特需でそうなるだろうがな。長期的に見れば確実に落ち込む、それもかなり」 「そして、帝国を拠点にする我々は大打撃を受け、他

    つばさ 第二部 - 第八章 序曲
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    oukastudio 2017/09/15
     ビーレフェルトの一画にたたずむ館の空間は、不気味なほど、しん、と静まり返っていた。  いつもは黙れと言ってもしゃべりつづけるほど口達者な連中が、皆、しかつめらしい顔をして誰も発言しようとしない。  こ
  • つばさ 第二部 - 第七章 第九節

    小さな焚き火を中心に〝極光〟の面々が、無邪気な明るい顔で浮かれている。 他の組織〝新部族〟との間にあった誤解が、ほぼ解けたからだ。自分たちは確かに、帝都騒乱では敵対し、例の奴隷事件において再び剣を交えることになった。 しかし、それもこれもすべては致し方のない理由によるものだった。中には今でも、互いに対してわだかまりがある者もいるだろうが、反目しつづけることと、たとえ表面上であっても和解することには雲泥の差があった。 ――まったく、のん気な連中だ。 焚き火の前でナーゲルが派手に転んで、みんなの笑いを買っている。近くにいるネリーも、やさしい顔でいつものように全員の中心にいた。 ――無理をしやがって。 先の戦いの折り、数人の仲間の命が失われたことにもっとも衝撃を受けたのは、他ならぬネリーだった。あれからしばらくの間ふさぎ込み、彼女の顔から笑みが消えた。 当は、まだそこから完全には立ち直っていな

    つばさ 第二部 - 第七章 第九節
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    oukastudio 2017/09/14
     小さな焚き火を中心に〝極光〟の面々が、無邪気な明るい顔で浮かれている。  他の組織〝新部族〟との間にあった誤解が、ほぼ解けたからだ。自分たちは確かに、帝都騒乱では敵対し、例の奴隷事件において再び剣を
  • つばさ 第二部 - 第七章 第七節

    霧が立ちこめる中での飛行はどこか憂で、翼にまとわりつくような水分がうっとうしくて仕方がない。 それでも、今は飛ばずにはいられなかった。迷いが迷いを呼び、悩みが悩みを深めていく。こんなときは思いきり空を舞いたかったのだが、霧が出ているうえにあいにくの曇天だった。 こころが重いせいか体も重く感じ、やる気も何も出てこない。自分の体が自分のものではないかのようで、奇妙な違和感が全身を支配していた。 ――こんなことなら、あいつらの話なんて聞かなければよかった。 ヴァイクと、そしてジャンという男と出会ってから、かえって前より困惑してしまった気がする。 その言葉に耳を傾けるべきじゃなかった、すぐに耳を塞げばよかったと、後悔ばかりが先に立つ。 しかし、それでは駄目だということも、こころの片隅でわきまえている自分もいた。 ――結局、僕は自分で自分の気持ちさえもわかっていない。 何がわからないかわからない。

    つばさ 第二部 - 第七章 第七節
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    oukastudio 2017/08/29
     霧が立ちこめる中での飛行はどこか憂鬱で、翼にまとわりつくような水分がうっとうしくて仕方がない。  それでも、今は飛ばずにはいられなかった。迷いが迷いを呼び、悩みが悩みを深めていく。こんなときは思いき
  • つばさ 第二部 - 第七章 第六節

    霧が立ちこめる中での飛行はどこか憂で、翼にまとわりつくような水分がうっとうしくて仕方がない。 それでも、今は飛ばずにはいられなかった。迷いが迷いを呼び、悩みが悩みを深めていく。こんなときは思いきり空を舞いたかったのだが、霧が出ているうえにあいにくの曇天だった。 こころが重いせいか体も重く感じ、やる気も何も出てこない。自分の体が自分のものではないかのようで、奇妙な違和感が全身を支配していた。 ――こんなことなら、あいつらの話なんて聞かなければよかった。 ヴァイクと、そしてジャンという男と出会ってから、かえって前より困惑してしまった気がする。 その言葉に耳を傾けるべきじゃなかった、すぐに耳を塞げばよかったと、後悔ばかりが先に立つ。 しかし、それでは駄目だということも、こころの片隅でわきまえている自分もいた。 ――結局、僕は自分で自分の気持ちさえもわかっていない。 何がわからないかわからない。

    つばさ 第二部 - 第七章 第六節
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    oukastudio 2017/08/25
     霧が立ちこめる中での飛行はどこか憂鬱で、翼にまとわりつくような水分がうっとうしくて仕方がない。  それでも、今は飛ばずにはいられなかった。迷いが迷いを呼び、悩みが悩みを深めていく。こんなときは思いき
  • つばさ 第二部 - 第七章 第五節

    はぁ、とややもすると色っぽい吐息が何度も響く。 ノイシュタット侯の妹姫、アーデは馬上で揺られながらまた嘆息をした。 「そんなに、これからのことが心配ですか」 「そっちのことじゃないの。お兄様よ」 ああ、そういうことか、とユーグは納得した。 「こんな時期にカセルへ行かなくてもいいのに」 「仕方がありません。かの地が今後、重要な地域になるのは間違いないのですから」 「ま、ほったらかしにしてたら帝国そのものが弱体化しちゃうし」 「そういうことです」 「でも、今じゃなくたっていいでしょう? ノイシュタットだって大変なのに」 「アーデ様のお気持ちはわかりますが、危ういんですよ、カセルも」 「ルイーゼ卿のような優秀な人材がいるのに?」 「もし世の中が、アーデ様のような人ばかりだったらいいんですけどね」 「どういう意味?」 姫が半目になった。 「揶揄したのではありません。もしアーデ様のように過去にとらわ

    つばさ 第二部 - 第七章 第五節
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    oukastudio 2017/08/24
     はぁ、とややもすると色っぽい吐息が何度も響く。  ノイシュタット侯の妹姫、アーデは馬上で揺られながらまた嘆息をした。 「そんなに、これからのことが心配ですか」 「そっちのことじゃないの。お兄様よ」  あ
  • つばさ 第二部 - 第七章 第四節

    「世の中、どんどん悪い方向へ向かっております」 赤みがかった栗色の髪が美しい女性は、書類の束を持ったまま、広いが簡素な部屋の中を行ったり来たりした――これ見よがしに。 「俺もな」 「次々に手を打たなければならないというのに、よりにもよって選帝侯のひとりは怠けてばかり。建国の士たちがこの惨状を見たら、どんなに嘆くことでしょう」 「泣きたいのはこっちだ」 「ああっ、ひどいにも程があります。まるでエプロンについた落ちてくれない染みのごとく厄介な問題」 「俺はそこまでか」 「閣下」 目を鋭くしたニーナが、ローブを翻してダメ主君に向き直った。 「いったい、誰のせいだと思っているのです。こんなに問題が山積しているというのに、相変わらずの体たらく。これ以上、状況が悪化したらどうするおつもりですか」 「そうなったらそうなったでいいじゃねえか。帝国の再編だ。あ、他の国に併合されるのも悪くないな。そうすりゃあ

    つばさ 第二部 - 第七章 第四節
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    oukastudio 2017/08/22
    「世の中、どんどん悪い方向へ向かっております」  赤みがかった栗色の髪が美しい女性は、書類の束を持ったまま、広いが簡素な部屋の中を行ったり来たりした――これ見よがしに。 「俺もな」 「次々に手を打たなけれ