[はじめに] これまでポパーとクーンの関係は、科学の合理性や相対主義などをテーマとした哲学的なコンテクストにおいて論じられることが多く、その際の議論の的のひとつであったポパーの反証主義は、事実は理論を倒せるかどうかといった問題設定のもとで論じられることが多かった。しかしここではこれまでとは別の観点から、ソフトウェア・エンジニアリングをモデルケースとして、反証主義が現場の方法としてどれほど有効であるかという問題設定のもとでアプローチする。そしてその結果を踏まえて、クーンの科学論のキーコンセプトである通常科学も、同じくこうした観点から捉え直してみたい。 [1.反証可能性をめぐる議論] 一九三四年にポパーが『探求の論理』において反証可能性理論を公表してから、この理論はさまざまな批判にさらされてきた。もともとポパーは、帰納主義批判、実証主義批判を強く打ち出していたので、彼の理論は主として論理実証主