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ジョセフ・ヒースの検索結果1 - 40 件 / 89件

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ジョセフ・ヒースに関するエントリは89件あります。 社会政治思想 などが関連タグです。 人気エントリには 『ジョセフ・ヒース「反自由主義的リベラリズム」(2024年7月30日)』などがあります。
  • ジョセフ・ヒース「反自由主義的リベラリズム」(2024年7月30日)

    YIPたちはこの緊張関係を処理するために、伝統的なリベラルの教義に潜む曖昧さや抜け穴を利用して、自らの奉じる価値と戦術との間にある矛盾を中和している。結果、私が「反自由主義的リベラリズム(illiberal liberalism)」と呼ぶ政治スタンスが生まれる。 近年の政治環境で最も奇妙な点の1つは、はっきりとリベラルの伝統に基づいた価値観を奉じながら、そうした価値観を促進するために、明らかに反自由主義的と言いたくなるような戦略をとる人が非常に多いことだ。ソーシャル・メディアからファシストを追放したがっている「反自由主義的な進歩派の若者(YIP:young, illiberal progressives)」が、現代の共和党員のほとんどを「文字通りの意味でのファシスト」と見なしているという話は今やおなじみである。 こうした若い活動家が、自身の表明している価値観と自身のとる政治手法との間にある

      ジョセフ・ヒース「反自由主義的リベラリズム」(2024年7月30日)
    • ジョセフ・ヒース「ウォーク(正義に目覚めた一部の左派)は戦術・信条において裸の王様・女王様である:リベラリズムの皮を被った反自由主義」(2021年6月23日)

      ウォーク政治活動を理解する上で最も重要なのは、これは伝統的なタイプの「反自由主義」とは異なっており、「反自由主義的リベラリズム」の一種であると考えた方がよいということだ。 Joseph Heath: Woke tactics are as important as woke beliefs Woke language hides illiberal tactics in liberal aims Posted by Joseph Heath on June 23, 2021 ここ数年、進歩主義を装った反自由主義が世を覆いつつあったが、ついにアメリカのリベラルたちは団結して行動を起こし始めた。リベラルたちは、「ウォーク」〔woke、社会問題に対して目覚めた(=wake)人々を指す〕の政治活動やイデオロギー的影響力の拡散を阻むために、いくつかの組織を創設したのである。〔ウォークと戦う〕リベラル

        ジョセフ・ヒース「ウォーク(正義に目覚めた一部の左派)は戦術・信条において裸の王様・女王様である:リベラリズムの皮を被った反自由主義」(2021年6月23日)
      • ジョセフ・ヒース「アメリカ人は争いを楽しんでいる」(2024年11月9日)

        昔からの友人に、いわゆる「ドラマクイーン(drama queen)」 [1]訳注:芝居がかった大袈裟な言動で過剰に騒ぎ立てる人を指す表現。「悲劇のヒロイン」のニュアンスに近い。 がいる。といっても、泣き叫んだり人を怒鳴りつけたりするといったステレオタイプな意味でのドラマクイーンだったわけではない。彼女は教養と知性のある女性で、その行動は非常に目立ちにくいものだった。実際あんまりにも目立ちにくいので、彼女の問題に何年も気づけなかったほどだ。 彼女は常に、人間関係の複雑な網の目の中心人物だった。その人間関係はいつも不安定で、常に「何か」が起こっており、彼女はそうした問題について熱心に語りたがった。彼女の話に引きずり込まれないようにするのは至難の業だった。知り合ってから最初の10年くらいは、彼女がそうした問題について語る度に、私も熱心にそれを聞いて、様々な視点から問題を検討し、あり得る解決策をい

          ジョセフ・ヒース「アメリカ人は争いを楽しんでいる」(2024年11月9日)
        • ジョセフ・ヒース「アメリカの多文化主義は矛盾を抱え込んでいる」(2023年9月23日)

          Multinational culture isometric composition with people of different races and nationalities in folk costumes vector illustration しばらくアメリカに在住していたが、人種的正義を求める闘いで公理となっているものは、現実的な解決策となっておらず、逆に人種間の対立を世代をまたいで再生産してしまっていると思った。これをアメリカのリベラルは理解できておらず、多くの逆効果(マイノリティ・グループの一部を共和党の掌中に追いやっている等)を生んでいる。このエントリは、そう確信するに至った分析を極めて簡潔にまとめるのを目的にしている。他の場所や、今後のエントリで、この立場を裏付ける様々な論拠を示す予定だが、今回はひとまず、この私の見解がどのようなものか知ってもらうために、分かりや

            ジョセフ・ヒース「アメリカの多文化主義は矛盾を抱え込んでいる」(2023年9月23日)
          • 「新自由主義」批判がグダグダになりがちな理由(ジョセフ・ヒース論文「批判理論が陰謀論になるとき」メモ) - 清く正しく小賢しく

            今回紹介するのは、ジョセフ・ヒースの論文「When does Critical Theory Become Conspiracy Theory?」である。この論文でヒースは、「新自由主義」概念をルーズに用いた議論などを念頭に置きながら、批判理論が陰謀論に堕してしまう条件、さらにまっとうな批判理論と陰謀論紛いの批判理論を分かつ特徴を検討している。 なお批判理論というのは、とりあえず「規範的目的を明示した社会科学的探究」ぐらいの意味で捉えればよいと思う。批判的社会科学や批判的〇〇研究を名乗っている研究はもちろん批判理論に含まれるし、左派的なポジションを明示した研究の多くも含めることができるだろう。 どれくらい知られていることなのかは分からないが、ヒースはハーバーマスの弟子であり、自らを批判理論の伝統に属する研究者と位置付けている*1。それゆえにこそ、堕落した批判理論に対して厳しい態度をとってい

              「新自由主義」批判がグダグダになりがちな理由(ジョセフ・ヒース論文「批判理論が陰謀論になるとき」メモ) - 清く正しく小賢しく
            • ジョセフ・ヒース「アメリカの憲政の危機:なぜアメリカは袋小路にはまっているのか」(2025年2月16日)

              ピエール・トルドー〔カナダの第20・22代首相〕の有名な「アメリカの隣国であることは、象の横で眠るようなものだ」という演説があまり話題に上っていないことに、私は少しばかり驚いている [1] … Continue reading 。 Pierre Trudeau’s Washington Press Club speech – Youtube アメリカで現在生じている事態はまさに「象が動いたり唸り声を上げたりしている(twitch and grunt)」 [2]訳注:上の訳注を参照。 と言うにふさわしい。完全なる憲政の危機(constitutional crisis)だ。イーロン・マスクのおかしな言動の数々を無視したとしても、そうなのだ。トランプの大統領令は、第二次世界大戦以来、アメリカ連邦政府における権力行使のあり方に関して共有されていた基本的な認識を揺るがしている。 残念ながら、「憲政の

                ジョセフ・ヒース「アメリカの憲政の危機:なぜアメリカは袋小路にはまっているのか」(2025年2月16日)
              • ジョセフ・ヒース「学問としてのマルクス主義はなぜ凋落したのか」(2024年9月15日)

                先日投稿した「ジョン・ロールズと西洋マルクス主義の死」(原文はここ、邦訳はここで読める)という記事が、このブログ(In Due Course – substak)に投稿してきたこれまでのどのエントリより数倍も多くの読者に読まれた。私はこの事実を突き付けられ、最近の人が何を読みたがっているのかについて、自分が根本的に何も分かっていないことを認めざるを得なくなった。これほどたくさん読まれると分かっていたら、このエントリはもうちょっと違った形で、カジュアルさを落として書いていただろう。 具体的に言うと、先のエントリは、私の人生の一時期に政治哲学の分野で起こった1つの論争を説明しようとしただけだった。西洋マルクス主義の運命について全般的な説明を行おうとしていたわけではなかったのだ。そこで私が述べたのはある意味で、(少なくとも哲学者の間における)マルクス主義理論へのとどめの一撃である。だが、マルクス

                • ジョセフ・ヒース「バックラッシュを避けるやり方」(2025年2月4日)

                  あなたは特定の道徳的価値にコミットしており、その価値に資するような特定の政策が実現してほしいと考えているとしよう。さらに、その道徳的価値には異論を持つ人もいるため、そうした政策が実現すれば反発が生じるとする。最後に、そうした政策を実現するには様々なやり方があり、自身の価値観に照らせばそれらの手段に対して良し悪しをつけられるが、自身のコミットする価値に資する手段ほど、反対派からのバックラッシュを生む可能性が高く、そのため政策が実行されなくなる可能性が高まる、としよう。ここで興味深い問題は、そうした政策目的を達成する上で、どの程度の妥協をする心構えを持っておくべきか、である。純粋に自分が最良と考えるやり方を貫くべきだろうか? 自身の立場を穏健化させて、バックラッシュのリスクを避けるべきだろうか? これは全く思弁的な問題というわけでもない。多くの人が気づいているように、アメリカのリベラルや進歩派

                    ジョセフ・ヒース「バックラッシュを避けるやり方」(2025年2月4日)
                  • ジョセフ・ヒース「ジョン・ロールズと西洋マルクス主義の死」(2024年8月25日)|経済学101

                    その昔,まだ私が学部生だった冷戦末期に,政治哲学で最高に熱い事態が起きていた.それは,英語圏でのマルクス主義の力強い再興だ.その仕事の大半は,「分析マルクス主義」という旗の下で進められていた(別名「たわごと無用のマルクス主義」ともいう).その発端となったのは,ジェラルド・コーエン『カール・マルクスの歴史理論:その擁護』の出版だ(あと,同書出版後にコーエンがオックスフォード社会政治哲学のチェリ講座教授に就任したこと).一方,ドイツでは,ユルゲン・ハーバマースの素晴らしく小さくまとまった『後期資本主義における正統化の問題』が出て〔1975年〕,マルクスによる資本制のさまざまな危機の分析を現代のシステム理論の言語に翻案して新たな息吹を吹き込む期待が高まった.若い急進主義者にとっては,実に熱い時代だった.誇張抜きに,こう言ってもいい――当時,政治哲学に携わっていたきわめて聡明でとりわけ重要だった人

                      ジョセフ・ヒース「ジョン・ロールズと西洋マルクス主義の死」(2024年8月25日)|経済学101
                    • ジョセフ・ヒース「なぜカナダの大学教授は学生を恐れないのか:アメリカの大学がポリティカル・コレクトネスに席巻された理由」(2015年6月8日)

                      ジョセフ・ヒース「なぜカナダの大学教授は学生を恐れないのか:アメリカの大学がポリティカル・コレクトネスに席巻された理由」(2015年6月8日) カナダのジャーナリストが陥りがちな怠惰な習慣の一つが、カナダとアメリカが同じ国であるかのように語ってしまうことだ。アメリカで何が悪いことが起こっていると、カナダでも同じことが起こっていると彼らは思い込んでしまうことからも明らかで、この思い込み故に彼らは実際の取材に赴かない。 大学が最近「ポリティカル・コレクトネス」に席巻されているのを懸念する件でもこれを観察することができる。アメリカで、大学教授達がトラウマを負っている話が多く報じられ、なぜ学生を怖がるようになってしまったのかが解説されている。また、アドミニストレーター〔アメリカの大学の学生課の職員〕は、デリケートさを募らせている学生を不快にするのを恐れるあまり、学生に隷属してしまっていたり、傍観を

                        ジョセフ・ヒース「なぜカナダの大学教授は学生を恐れないのか:アメリカの大学がポリティカル・コレクトネスに席巻された理由」(2015年6月8日)
                      • ジョセフ・ヒース「DEIを再検討する:5つのドグマと修正案」(2025年3月5日)

                        トランプ政権は現在、DEI(Diversity, Equity, and Inclusion: 多様性、公平性、包摂)プログラムを連邦政府機構から追い出そうとしている。これを受け、DEIとは実のところなんであるか(あったか)を巡って、大きな混乱が存在することが明らかとなった。こうした混乱は、DEIの提唱者たちが自身の主張を、1960年代の公民権運動を突き動かした思想やアイデアの直接の延長線上にあると論じがちなために生じている部分がある。実際には、DEIの主張の多くは公民権運動のそれよりはるかに論争的だ。目下生じている本格的な攻撃に抵抗できる望みがあるとすれば、より擁護しやすい言説体系の構築を視野に入れつつ、DEIの主張を再検討することから始めるべきだろう。 大規模な官僚制組織で働いている人の多くと同様、私も過去十年、いくつかの多様性セミナーや勉強会に出席する機会があった。さらに、子どもの高

                          ジョセフ・ヒース「DEIを再検討する:5つのドグマと修正案」(2025年3月5日)
                        • ジョセフ・ヒース「初心者を経済学に入門“させない”方法」(2015年1月14日)

                          驚くべき動画が公開された。アレックス・タバロックとタイラー・コーエンが最近、彼らの運営する「マージナル・レボリューション大学」 [1]訳注:タバロックとコーエンが運営するブログ「マージナル・レボリューション(Marginal … Continue reading でミクロ経済学の新コースを開講するにあたって、入門教科書の宣伝も兼ねた短いプロモーション動画を公開したのだ。彼らは、「経済学って楽しい、親しみやすい、怖くない」と思えるような動画作りに力を尽くしている。ほとんど全てのセリフにちょっとしたかわいらしいアニメーションがついていて、経済学の勉強は怖くないと思ってもらえるよう作られている。だが動画も中盤にさしかかると、彼らはそれまでの努力をうっちゃって、普通の視聴者を置いてけぼりにすること請け負いのセリフを述べ始めてしまう。動画を見て、彼らの失敗に気づけたか確認してみてほしい。 Intro

                            ジョセフ・ヒース「初心者を経済学に入門“させない”方法」(2015年1月14日)
                          • ジョセフ・ヒース「白人のマウント合戦:コフィ・ブライトの仮説を拡張する」(2023年8月25日)

                            アメリカでは人種的正義を求める闘いに馳せ参じれば並外れた文化的名声を獲得できるため、世界中で模倣者を惹きつける傾向を生んでいる リーアム・コフィ・ブライトが『Journal of Political Philosophy(政治経済学ジャーナル)』に最近投稿した論文「白人のマウント合戦」での、アメリカの人種政治についての見解を大いに楽しませてもらった。まず最初に、この論文は査読の通過がほぼ不可能な形で執筆されているため、無事掲載されたこと自体に驚かされた。アカデミアにおける哲学論文は、査読者全ての怒りを鎮めることで、あたかも委員会によって書かれたように見えてしまう問題に悩まされている。さらに重要なのが、私見だが、アメリカの文化戦争に、ブライトのようなイデオロギー的に客観的なスタンスを示すことの極めての有用性である。 ハッキリ言っておくが、私はブライトの見解のほとんどに同意できない。しかし、彼

                              ジョセフ・ヒース「白人のマウント合戦:コフィ・ブライトの仮説を拡張する」(2023年8月25日)
                            • ジョセフ・ヒース「アイデンティティ・ポリティクスはナショナリズムに似ている」(2023年11月26日)

                              西洋社会での外集団嫌悪(exophobia)の高まりが、社会正義という大義を促進するために採用してきたアプローチの戦略的失敗をもたらす可能性を、進歩派はもっと懸念すべきである。 年をとるにつれ、周りの人が覚えていないことを思い出せる機会が増えていく。私がアイデンティティ・ポリティクスを巡る昨今の議論を真面目に受け取る気になれない理由の1つはこれである。私は既に同じことを経験してしまっているのだ。この映画は前に見たことがあるし、結末だって知ってる。 言い換えれば、私は1990年代のことを生き生きと思い出せるのだ。実際、私は90年代からこの仕事に就いているが、全く同じ考えについて(提示の仕方まで全く同じであることも多い)、人々がどれほどの熱量で議論していたかを覚えている。マキシム誌のような90年代後半の文化製品を取り上げて、「なんてこった、こいつらはセクシストだったんだ」と言ったり、「となりの

                                ジョセフ・ヒース「アイデンティティ・ポリティクスはナショナリズムに似ている」(2023年11月26日)
                              • ジョセフ・ヒース「資本主義をぶっ壊す! 働いたら負け! 夢を追いかけろ! 損得なんてクソ喰らえ!:『反体制』はカネになる」(2022年7月2日)

                                Down with capitalism! For people and companies alike, there’s a new path to profits: Follow your dream, and trash-talk profits As the economy becomes increasingly dematerialized, trust becomes more important to every transaction, and showing passion can be a quick way to profitability By Joseph Heath Special to The Star Sat., July 2, 2022 無知な大学生だった頃の話だ。授業をサボり、学生会館の地下に篭って、学内新聞の編集者として日々過ごしていた。そこで、記事を

                                  ジョセフ・ヒース「資本主義をぶっ壊す! 働いたら負け! 夢を追いかけろ! 損得なんてクソ喰らえ!:『反体制』はカネになる」(2022年7月2日)
                                • ジョセフ・ヒース「イブラム・X・ケンディのバブルの崩壊:しかし、傷跡の修復にはどれほどの時間を要するのだろう?」(2023年10月7日)

                                  〔訳注:イブラム・X・ケンディは批判的人種理論の代表的論者としてアメリカで非常に有名な人物である。彼の著作は、全米の多くの学校や企業でDEI(Diversity:多様性、Equity:公平性)、Inclusion:包括性)教育・研修教材として使用されている。日本では朝日新聞のインタビューをここで読むことが可能。ケンディは教鞭を取るボストン大学内に設置された反人種差別研究・政策センターの代表を務めていたが、2023年になって大量に集めた寄付金の出所不明な拠出等が問題となった。この事件はアメリカでは大きなスキャンダルとなっている。〕 イブラム・X・ケンディが所長を務めるボストン大学反人種研究・政策センターでのスキャンダルは、当然のように大量のシャーデンフロイデ〔ざまーみろ〕を引き起こしたが、より興味深いのが、多くの識者・論者がひっそりと思っていた「ケンディの主要な見解は、完全にナンセンスである

                                    ジョセフ・ヒース「イブラム・X・ケンディのバブルの崩壊:しかし、傷跡の修復にはどれほどの時間を要するのだろう?」(2023年10月7日)
                                  • ジョセフ・ヒース「キャンセル・カルチャーはシンプルに説明できる」(2023年12月3日)

                                    今や誰もがキャンセル・カルチャーについて論じるのに飽き飽きしている。そろそろ私たち研究者が議論に参加してもいい頃だろう。最近、イブ・ンの“Cancel Culture: A Critical Analysis”『キャンセル・カルチャー:批判的分析』を興味深く読んだ。この本はキャンセル・カルチャーにそれほど批判的というわけでもなかったが、この現象の歴史を提示している点で有益だった。ただ残念なことに、この本は事例を豊富に載せているだけで、キャンセル・カルチャー現象の明確な定義や説明は提示していない。そこで本エントリではこの空白を埋めるために、根底にある社会的ダイナミクスの分析に基づいて、キャンセル・カルチャーのシンプルな理論を提示したい。 議論を始める上でまず明確にしておくべきは、キャンセル・カルチャーの起源が政治的なものでも文化的なものでもないということだ。キャンセル・カルチャーは、ソーシャ

                                      ジョセフ・ヒース「キャンセル・カルチャーはシンプルに説明できる」(2023年12月3日)
                                    • ジョセフ・ヒース「住宅の巨大化は、現世における多くの害悪の元凶である」(2015年6月4日)

                                      These houses are the source of a great many problems in the world Posted by Joseph Heath on June 4, 2015 私は先日、ブランプトンにある新興住宅開発区の近くをドライブしたついでに、少し車を止めて写真を撮ってきた。私は過去にも巨大な住宅を見てきたが、ここの住宅群には仰天した。まあとにかく、まずは住宅のサイズを見てほしい。住宅というより施設のようだ。(2台収納駐車場を見れば、住宅のスケール感を把握することができる。)さらに、下の写真ではよく見えないかもしれないが、この住宅群は、1~2エーカー〔4000~8000平方メートル〕区画にぽつねんと建っているのではない。住宅は密集して建設されており(このまま開発が進むなら)、おそらく100棟以上は建築されることになるだろう。 私は最近、消費主義について

                                        ジョセフ・ヒース「住宅の巨大化は、現世における多くの害悪の元凶である」(2015年6月4日)
                                      • ジョセフ・ヒース「哲学者がキャンセルカルチャーを懸念すべき理由」(2024年1月25日)

                                        本エントリでは、現在哲学の分野で広く実践されていると同時に、公共の場での議論の構造的変化によって脅かされている学問的実践の一部に注意を向けたい。 この数年、哲学の同業者たちが、オンライン上での流行りに飛びついて、様々な事柄について自身の考えを述べた学者を罰したり、脅そうとしているのを見て、私は驚き、失望してきた。少し上から目線に聞こえるかもしれないが、哲学者がこうした行動をとっているのに驚いていることを認めざるを得ない。ソクラテスの裁判と死を描いたプラトンの対話篇を最初に読んだとき、私は自然と、アテネの市民裁判官たちではなく、ソクラテスの側に感情移入した。哲学研究者のほとんども同じように感じるか、似たような原体験を持っているものだと思い込んでいた。だから、同業者の多くが、自身の考えを語ったことで糾弾されている哲学者(当初は男性が多かったが、最近は女性もいる)の側ではなく、市民裁判官の方をこ

                                          ジョセフ・ヒース「哲学者がキャンセルカルチャーを懸念すべき理由」(2024年1月25日)
                                        • ジョセフ・ヒース「アメリカのトップ大学は学生数を増やすべきだ」(2014年6月22日)

                                          近年、アメリカで経済的不平等への関心が大変高まっている。このことを考えると、高等教育、そして、アメリカで最もランクの高い大学が実はもはや階層流動性を高めるためのパイプとして機能していないという事実に、大きな注目が向くのは自然なことだ。例えばトマス・フランクは、授業料が過去30年間で1200%も上昇したことをしきりに嘆いている(この記事やこの記事)。しかしフランクは他のアメリカの論者たちの多くと同様、もっと明白な問題を見落としている。アメリカのトップ大学がたとえ授業料をゼロにしたとしても、社会的不平等は減らせそうにないのだ。なぜならこの対処策は、学生数が少なすぎるというアメリカのエリート大学の最も根本的な問題に手をつけていないからである。 カナダ人は、国境の南側で子育て競争の過熱を嘆くアメリカ人の声を飽きるほど聞いている。子どもをイェール大学に入れたいなら、「充実した」保育が行える大卒のベビ

                                            ジョセフ・ヒース「アメリカのトップ大学は学生数を増やすべきだ」(2014年6月22日)
                                          • ジョセフ・ヒース「インテリは保守の首相になぜヒステリーを起こすのか?」(2015年8月24日)

                                            Stephen Harper versus the intellectuals Posted by Joseph Heath on August 24, 2015 | politics スティーブン・ハーパー [1] … Continue reading が首相だった時代を振り返ると、彼が統治に関して2つの重要な「発見」を行ったことがわかる。1つ目は、ケベックでの一切の支持がなくとも国を統治する方法を発見したことだ。2つ目は、インテリ層からの一切の支持がなくとも国を統治する方法を発見したことだ。 後者の芸当は、もちろん前者よりはるかに首尾よく実行できる。なぜなら、インテリは多数の票に影響を与えず、ごく少数の票田にクラスターとして群がるからだ。アメリカの共和党は、ずっと昔にインテリを見限っている。(2004年の大統領選の直前に、アメリカのインテリ達が集まって「ジョージ・W・ブッシュの再選を阻

                                              ジョセフ・ヒース「インテリは保守の首相になぜヒステリーを起こすのか?」(2015年8月24日)
                                            • ジョセフ・ヒース「人種差別を再定義する:伝統的人種差別と制度的人種差別」(2018年3月6日)

                                              最近世間でちょっとした意味論的〔言葉の定義弄る〕お遊戯がよく行われているが、そういったお遊戯は分析する価値があるように思われる。(哲学者は「意味論的な問題」に拘ってよく批判を行うのだが、哲学者の誰かがそういった批判をこのお遊戯に対して行ったら良いんじゃないか? と) カナダ社会をあらゆる社会制度と十把一絡げにして、全面的かつ体系的に人種差別主義的である、と糾弾するのが、いたる所で非常にスタンダードになってきている。しかしながら、「人種差別」という言葉の使われ方には、重要な曖昧さがあるのだ。人種差別を批判する人達はしばしば、「人種差別」という言葉の2つの全く異なる意味をふらふらと言ったり来たりして使うことで、ある意味で批判の効力を弱めてしまっている。 ほとんどの人は「人種差別」という単語を耳にしたら、1960年代の公民権運動からお馴染みの意味で理解している。このタイプの「人種差別」は、何より

                                                ジョセフ・ヒース「人種差別を再定義する:伝統的人種差別と制度的人種差別」(2018年3月6日)
                                              • ジョセフ・ヒース「文化政治はなぜ生き残り続け、失敗し続けるのか」(2024年11月15日)

                                                まだ消えたわけでもない人物に対してなんだが、スティーヴ・バノンについて次のように論評するのはフェアなはずだ。彼は2つの点で私たちの記憶に残り続ける人物となるだろう。第一は、彼のメディア戦略だ(「一面にクソを撒き散らせ」)。第二は、アンドリュー・ブライトバート(Andrew Breitbart) [1]訳注:アメリカの右派メディア、ブライトバート・ニュース・ネットワークの創業者。 のスローガン(「政治は文化の下流にある」)を広めたことだ。このスローガンはアメリカの文化戦争の大乱戦の幕を開いた。「政治は文化の下流にある」という考え方は、1960年代以後「リベラルはハリウッドを支配し、保守はワシントンを支配した」との主張と密接に結びついている。 2017年にこの議論を初めて聞いたとき、私は耳をそばだててしまった。知っている人もいるだろうが、私は2004年、アンドルー・ポターと『反逆の神話』という

                                                  ジョセフ・ヒース「文化政治はなぜ生き残り続け、失敗し続けるのか」(2024年11月15日)
                                                • ジョセフ・ヒース「『政府の無駄』への批判は自己成就的予言となる:政府調達の問題」(2014年11月5日)

                                                  今日のトロント・スター誌に、地下鉄スパダイナ線の延伸開通の遅れに関する興味深い記事が掲載されている。この工事の遅れは、最終的には政府調達(procurement)の問題に帰着する。政府は普通、最低価格で入札した業者を選ばなければならないという規則があるが、今回の鉄道工事でも確実にそうだろう。つまり、政府が選んだ業者は「値段相応」の仕事をしているわけである。実はこれは、国民が選出公務員に様々な制約を課すことで合理的な公的支出が妨げられるという、お馴染みの光景だ(メディアがこの問題の大きな原因であるということには注意しておくべきだ。トロント・スター誌や他の地方メディアが、トロント交通局の結んだとある契約を攻撃していたのはつい昨年のことである。こうした批判は契約の手続きに関するものであって、契約の内容が公共利益に適わないと考える理由は全くなかった)。 それはさておき、今日の記事の内容を見てみよう

                                                    ジョセフ・ヒース「『政府の無駄』への批判は自己成就的予言となる:政府調達の問題」(2014年11月5日)
                                                  • ジョセフ・ヒース「人種差別と人種意識:『啓蒙思想2.0』没原稿より」(2014年5月28日)

                                                    On racism and race consciousness Posted by Joseph Heath on May 28, 2014 私の本『啓蒙思想2.0』の抜粋を一連のシリーズとして、ナショナル・ポスト紙で4月14日から19日にかけて1週間掲載できたのはジョナサン・ケイおかげだ。感謝している。ただ紙面で、連載の最後の見出しが「人種差別を打ち負かす方法」と掲載されたことで、私は少し不利益を被っている(新聞を読む時には、見出しをつける人と、記事の執筆者が別人であることに覚えておくことは重要だ)。このような見出しで掲載されたことで、人種差別を克服するのに取り込み可能な簡単な処方箋が存在していると、まるで私が考えているかのように思われてしまった。(Ivor Tossellも、グローブ&メイル紙で、記事にして取り上げ、「ジョセフ・ヒースは、アメリカの人種差別問題を軽減させる診断と治療を

                                                      ジョセフ・ヒース「人種差別と人種意識:『啓蒙思想2.0』没原稿より」(2014年5月28日)
                                                    • ジョセフ・ヒース「オープンレターによる私へのキャンセル・カルチャーについて:アメリカ発の頭文字を使った文化政治の問題の詳細」(2021年6月10日)

                                                      多くの研究者が、批判的思考を、最新の社会科学で正当とされていることを機械的に反復することだと勘違いしている。批判的に考えられる人になるには、自分のアタマで考えないといけない。誰かにオープンレターへのサインを頼まれたら、それを注意深く読み、知的な精確さと完全性を満たしているのかを自分で判断しなければならない。このオープンレターの署名者について言えるとすれば、彼・彼女らはおそらく自分のアタマで考えなかったということだ。 5月28日、グローブ&メイル紙に論説を寄稿したが、それに対して生産的な議論もあれば、非生産的な議論や罵倒もいくつか寄せられた。(私は論説で、BIPOC [1]訳注:Black(黒人)、Indigenous(先住民)、People of … Continue reading という頭字語をカナダで使うことに疑問を呈した。簡単に言えば、BIPOCという頭字語は、アメリカでは多様性の

                                                        ジョセフ・ヒース「オープンレターによる私へのキャンセル・カルチャーについて:アメリカ発の頭文字を使った文化政治の問題の詳細」(2021年6月10日)
                                                      • ジョセフ・ヒース「インテリは保守の首相になぜヒステリーを起こすのか? その2:児童ポルノ規制を巡って」(2015年8月25日)

                                                        Stephen Harper versus the intellectuals, part 2 Posted by Joseph Heath on August 25, 2015 | political philosophy, politics トム・フラナガン事件 〔訳注:トム・フラナガン事件とは、カナダで非常に著名な保守系法学者であるトム・フラナガンの「児童ポルノ」に関する発言を巡って起こった炎上騒ぎである。フラナガンは、2006年まではハーパーの法律顧問を努め、超保守の地域政党ワイルドローズ党の立ち上げに参加する等、非常に保守色が強い法学者である。フラナガンはカナダ先住民の法的権利の撤廃を主張していることもあり、左派の活動家からは非常に憎まれてる人物でもある。 2013年、フラナガンは大学で講演を行い、講演後の質疑応答で児童ポルノに関する法的規制について問われた際に、カナダの児童ポル

                                                          ジョセフ・ヒース「インテリは保守の首相になぜヒステリーを起こすのか? その2:児童ポルノ規制を巡って」(2015年8月25日)
                                                        • ジョセフ・ヒース「左派は再分配に傾倒すれば、限定的な支持しか得られないだろう」(2014年9月5日)

                                                          Lessons for the left from Olivia Chow’s faltering campaign Posted by Joseph Heath on September 5, 2014 オリビア・チャウは、トロント市長選に立候補した時点では紛うことなき有力候補だった。なにしろ、対立候補の4人(ジョン・トリー、ロブ・フォード、ジョン・デイヴィッド・ソクナッキ、後に選挙戦から撤退するカレン・スティンツ)は右派で、唯一の左派だったのだ。チャウは(故ジャック・レイトンの未亡人としての)スター性を備えており、(トロントにおける有権者の過半数に近い)可視マイノリティー 〔訳注:黒人やアジア系のような外見上非白人の特徴を持つ人々〕によって明らかに親近感を抱かれる存在であり、最近ハーパーコリンズ [1]訳注:北米の有名出版社 から自伝を出版し、長年にわたって市議を努めてたことでトロント

                                                            ジョセフ・ヒース「左派は再分配に傾倒すれば、限定的な支持しか得られないだろう」(2014年9月5日)
                                                          • なぜ〈カルチャー〉が勝利するのか――イアン・M・バンクス論 著:ジョセフ・ヒース(『反逆の神話』著者)|Hayakawa Books & Magazines(β)

                                                            『反逆の神話』『啓蒙思想2.0』のジョセフ・ヒースによる、サイエンス・フィクション論にして現代社会論。「自由」の最果て、「カルチャー」と「アイデンティティ」の逆説。 なぜ〈カルチャー〉が勝利するのか──イアン・M・バンクス論ジョセフ・ヒース/青野浩訳 もう何年も前になる。いろいろ物知りの友人から、1冊の本を手渡され「あなたはこれを読むべきね」と言われた。イアン・M・バンクス著『Use of Weapons(武器の使用)』と題された本だった。 僕は表紙のキャッチコピーをチラ見して、「〈カルチャー〉(the Culture)って何なの?」と尋ねた。 「そうね。説明するのは難しい」と彼女は答えた。彼女は腰を据えて長い会話をしたがっているように見えた。 「タイには、〈犬〉(the Dog)と呼ばれる存在がいるのよ。タイではどこに行っても〈犬〉を目にするの。道端をウロウロしていたり、市場を忍び歩いて

                                                              なぜ〈カルチャー〉が勝利するのか――イアン・M・バンクス論 著:ジョセフ・ヒース(『反逆の神話』著者)|Hayakawa Books & Magazines(β)
                                                            • ジョセフ・ヒース「社会は、“正常”な犯罪発生率を維持しようとする」(2015年7月31日)

                                                              The challenge of maintaining a “normal” rate of crime Posted by Joseph Heath on July 31, 2015 19世紀後半、エミール・デュルケームは、「社会は“正常な”犯罪率を維持しようとする」と主張し、多くの人を動揺させた。犯罪者の逮捕・処罰は、市民による社会秩序へのコミットメントを再確認する社会的機能を果たしている、とデュルケームは主張したのだ。特定の宗教共同体の構成員が公的な儀式によって信仰の再確認を行っているように、一般的社会の構成員による犯罪の処罰は同じような役割を果たしている。秩序を乱した者が適切に罰せられているという目に見える証拠によって、人は社会秩序維持の一翼を担っているとの主体性を容易に見出すことができるのだ、と。 なので〔デュルケームに言わせると〕、一般市民は、(処罰が分業化されているとしても

                                                                ジョセフ・ヒース「社会は、“正常”な犯罪発生率を維持しようとする」(2015年7月31日)
                                                              • コスマ・シャリジ「二重過程理論は『啓蒙思想2.0』に不要である:ジョセフ・ヒース『啓蒙思想2.0』書評」(2022年3月6日)

                                                                ヒースは私たちが理性や経験、自然、あるいは社会について学んできた重要な物事だけでなく、啓蒙のプロジェクトに伴って生じた失敗や悲劇の歴史についても、真剣に考えているのだ。 The Bactra Review: Occasional and eclectic book reviews by Cosma Shalizi 173 Enlightenment 2.0 Restoring Sanity to Our Politics, Our Economy, and Our Lives” Drafted 26 December 2021, posted 6 March 2022 『啓蒙思想2.0』は、大変面白い本だが、少々時代遅れになってしまった部分もあり、また非常に論争を呼ぶような主張もしている。私自身、本書についての自分の立場を定めかねているが、それを明らかにするために、書評を書くことに決めた。

                                                                  コスマ・シャリジ「二重過程理論は『啓蒙思想2.0』に不要である:ジョセフ・ヒース『啓蒙思想2.0』書評」(2022年3月6日)
                                                                • ジョセフ・ヒース「イデオロギー論の諸問題」(2001年10月1日)

                                                                  Vector continuous line drawing human heads with opposite thinking concept illustration 目次 1 イデオロギーと非合理性 2 集合行為問題 3 信頼 4 適応的選好 5 結論 現代の社会批評において「イデオロギー」概念が中心にあり続けているのは、カール・マルクスと青年ヘーゲル派のしつこく残り続けている遺産の1つである。「イデオロギー」概念は、個人が、自らを抑圧し搾取する制度の維持や再生産にしばしば自主的に加担するという、極めて特殊な現象を説明するために導入された。極端な場合、そうした個人は、自らにとって利益となるような制度変革を試みる他人の努力に、積極的に抵抗することさえある。よって明らかに、〔こうした状況への〕なんらかの説明――個人がいかにして自己利益の把握に系統的に失敗してしまうのか、あるいは自己利益

                                                                    ジョセフ・ヒース「イデオロギー論の諸問題」(2001年10月1日)
                                                                  • ジョセフ・ヒース「現代の魔女狩り:批判理論が陰謀論的な犯人探しに陥ってしまう理由」(2024年3月12日)

                                                                    既存の制度が様々な悪を生み出していると非難されるのだが、制度がどのように悪を生み出しているのかについて、明確な例を誰も指摘できないのだ。 現代の「批判的」な学術研究の最も際立った特徴の1つは、実践者の間で自己批判がほぼ完全に欠如していることだ。アカデミア内部でこの手の研究に対してよく言われる不満は、それがラディカルであるとか、社会秩序にとって危険で破壊的であるといったものではなく、それが極度に教条主義的になっているというものだ(批判的研究の実践者たちはこうした非難を、自身の研究がいかにラディカルで危険で破壊的であるかを確証する証拠と解釈するのに長けている。批判的研究が批判を受け付けないようになってしまった大きな理由の1つがこれだ)。 そのため私はブルーノ・ラトゥールの「なぜ批判は力を失ったのか?」“Why Has Critique Run Out of Steam?”というエッセイを読んで

                                                                      ジョセフ・ヒース「現代の魔女狩り:批判理論が陰謀論的な犯人探しに陥ってしまう理由」(2024年3月12日)
                                                                    • ジョセフ・ヒース+アンドルー・ポター著『反逆の神話〔新版〕:「反体制」はカネになる』

                                                                      2004年に原著が刊行され、大変な論争を読んだ一冊の新版が翻訳された。2019年のフランス語版に付された、刊行後の15年を総括する文章も新たに訳出されており、本書の主張や現状の政治的状況についての理解を深めてくれるだろう。 ジョセフ・ヒース+アンドルー・ポター著『反逆の神話〔新版〕:「反体制」はカネになる』『反逆の神話』は原著タイトルを「THE REBEL SELL」と言い、「反逆が売り物にされている」という意味である。一番目先の批判のメインターゲットは、アドバスターズ・メディア社や、ナイキ、ナオミ・クラインらの反グローバリズム運動などであるが、その背景にあるカウンターカルチャーやフランクフルト学派の思想を批判的に検討するという射程の一冊であり、そうであるがゆえに非常に論争的で扱いの危険な一冊である。 『アドバスターズ』はカナダの財団が発行している「広告破壊」の雑誌で、左派活動家向けの雑誌

                                                                        ジョセフ・ヒース+アンドルー・ポター著『反逆の神話〔新版〕:「反体制」はカネになる』
                                                                      • コバヤシトシマサ on Twitter: "「ファイトクラブ」。記号消費によって消耗し切った主人公が、突拍子もない方法(=暴力)によって身体性を取り戻す。面白い。でもジョセフ・ヒース(「反逆の神話」)なら、それこそがカウンターカルチャーのマーケティング戦略に過ぎないと指摘するだろう。"

                                                                        「ファイトクラブ」。記号消費によって消耗し切った主人公が、突拍子もない方法(=暴力)によって身体性を取り戻す。面白い。でもジョセフ・ヒース(「反逆の神話」)なら、それこそがカウンターカルチャーのマーケティング戦略に過ぎないと指摘するだろう。

                                                                          コバヤシトシマサ on Twitter: "「ファイトクラブ」。記号消費によって消耗し切った主人公が、突拍子もない方法(=暴力)によって身体性を取り戻す。面白い。でもジョセフ・ヒース(「反逆の神話」)なら、それこそがカウンターカルチャーのマーケティング戦略に過ぎないと指摘するだろう。"
                                                                        • ジョセフ・ヒース「左派の中心的課題は事前分配である」(2014年4月3日)

                                                                          The central challenge for the left in Canada Posted by Joseph Heath on April 3, 2014 「カナダにおける左派の中心的課題」 前回のエントリを読んだ人は皆、オンタリオ州におけるNDPの最近の政策(特にNDPが、切迫している集合行為問題の解決よりも、富の再分配を優先していること)に強い賛意を呼び覚ますのに、私が非常に苦労しているのに感づいたに違いない。前回の論題について考えたことで、私は最近読んだサミュエル・ボウルズの『不平等と再分配の新しい経済学』の冒頭の一節を思い出した。 社会主義、急進的民主主義、社会民主主義、その他平等主義運動が勃興を極めてきたが、こういった運動が成功したのは、希少性の問題へと取り組むのを可能としている経済戦略に、分配の公平性要求を組み込むのに成功した場合であった。土地の耕作者への再分配、

                                                                            ジョセフ・ヒース「左派の中心的課題は事前分配である」(2014年4月3日)
                                                                          • ジョセフ・ヒース「フェイクニュースの蔓延について」(2021年4月2日)|WARE_bluefield

                                                                            〔訳注:本エントリは、カナダのフランス語メディアによるジョセフ・ヒースへのインタビュー記事の要旨翻訳である。投稿者(WARE_bluefield)はフランス語に堪能でないため、基本的に意訳・要約となっている。以上を考慮の上、読んでいただけると幸いである〕 ジャン-フィリップ・ウォーレン(以下ウォーレン):フェイクニュースが増えています。なぜなんでしょう? ジョセフ・ヒース(以下ヒース):フェイクニュースは、SNS(ソーシャルネットワーク)によるダイナミクスと、SNSで報道が再現される場合のメディア的特質による報道の反映の有り様に起因しています。 Gary King、Jennifer Pan、Margaret Robertsの3人は、中国がどのようにSNSを操作しているのかについての非常に興味深い論文を発表しています。この論文では、中国政府から報酬を得て、SNSに投稿を行った何百万もの人の投

                                                                              ジョセフ・ヒース「フェイクニュースの蔓延について」(2021年4月2日)|WARE_bluefield
                                                                            • 人種特権と多数派特権(ジョセフ・ヒース講演「多数派特権は不正なのか?Is Majority Privilege Unjust?」メモ) - 清く正しく小賢しく

                                                                              www.trentu.ca 先日、カナダの哲学者、ジョセフ・ヒースによるzoomでの講演「多数派特権は不正なのか? Is Majority Privilege Unjust?」*1を聞いた。あいにく筆者は英語をほとんど聞き取れないし、スライドもそれほど充実したものではなかったので、言ってることの半分も理解できなかったが、メモ程度に記録を残しておく(理解が進み次第内容は修正していく予定)。 なお、以下の記述は想像で補った部分も多く、また筆者は人種問題について全く詳しくないので、不適切な点があればぜひコメントしていただきたい。 議論の前提として断っておくが、この講演で扱われているのはカナダにおける人種問題である(アメリカなどの人種問題を直接扱っているわけではない)。更にカナダでは、ヨーロッパ系白人が人口的に多数派を占めている。以上を前提として読んでいただきたい。 目次 人種特権と多数派特権 議

                                                                                人種特権と多数派特権(ジョセフ・ヒース講演「多数派特権は不正なのか?Is Majority Privilege Unjust?」メモ) - 清く正しく小賢しく
                                                                              • 『ジョセフ・ヒース「ウォーク(正義に目覚めた一部の左派)は戦術・信条において裸の王様・女王様である:リベラリズムの皮を被った反自由主義」(2021年6月23日)』へのコメント

                                                                                世の中 ジョセフ・ヒース「ウォーク(正義に目覚めた一部の左派)は戦術・信条において裸の王様・女王様である:リベラリズムの皮を被った反自由主義」(2021年6月23日)

                                                                                  『ジョセフ・ヒース「ウォーク(正義に目覚めた一部の左派)は戦術・信条において裸の王様・女王様である:リベラリズムの皮を被った反自由主義」(2021年6月23日)』へのコメント
                                                                                • ジョセフ・ヒース「アメリカの(ための)批判理論」(2024年5月21日)

                                                                                  ときおり、最近のアメリカの社会問題についてどう考えているか尋ねられることがある。私は大抵、「その仕事は私には役不足ですよ」と言ってコメントを控える。「結局のところ、アメリカの何が問題か突き止めるのに批判理論の博士号は必要ありませんから」と。実際私は批判理論で博士号をとっているから、アメリカの欠陥を見つけることなど朝飯前だ。あらゆる問題に関して、答えは明白である。多すぎる銃、時代遅れの憲法、勝者総取り方式の選挙、政府への不信、多すぎる拒否権、などなど。 というのは本音ではなく、そういう質問があまりにも多いので、会話から抜け出すための方便として言っているだけである。実際の見解を述べると、アメリカの批判理論は、他のほぼ全ての西洋諸国に比べてはるかに難しい。これはアメリカの社会問題のほぼあらゆるケースで現れるパターンのためだ。アメリカで現れている問題のどれについても、明白な解決策が存在する。だがそ

                                                                                    ジョセフ・ヒース「アメリカの(ための)批判理論」(2024年5月21日)

                                                                                  新着記事