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2013年7月17日のブックマーク (5件)

  • 参議院選挙を障害者政策の観点から考える ―― 各党の選挙公約をもとに/茨木尚子 - SYNODOS

    2006年、国連では、国際障害者権利条約が採択された。その後、多くの国がこの条約採択を受けて、国内法の整備の検討を行い、批准にこぎつけてきている。 日では新たな国内法整備にむけての動きは鈍かったが、2009年の民主党への政権交代時に、そのマニュフェストに批准にむけての国内法整備を明記したこともあり、民主党はこの権利条約の内容を反映させた障害者政策の改革に乗り出し、内閣府に障害者制度改革推進部が設置され、障害者制度についての見直しが行われることとなった。 その後、障害者基法の改正(2011)、障害者総合支援法の制定(2012.その内容は公約とは大きく異なるものとなってしまったが)が行われ、最終的に2013年、参議院の解散直前に、新たに障害者差別解消法(2016年4月施行予定)が成立した。 障害者権利条約のもっとも重要なテーマは、障害の有無を超えた共生社会の実現であり、障害者の「他の者と

    参議院選挙を障害者政策の観点から考える ―― 各党の選挙公約をもとに/茨木尚子 - SYNODOS
    subekaraku
    subekaraku 2013/07/17
    「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会である」。lessorさんのエントリ(http://d.hatena.ne.jp/lessor/20130703)と合わせてもう一度読みたい。
  • 夏の文学教室 - 日本近代文学館

    subekaraku
    subekaraku 2013/07/17
    荒川洋治「高見順の世界」、伊藤比呂美「鷗外とわたし」、堀江敏幸「退かずに距離を取ること―長谷川四郎について」、そして古井由吉「漱石の語り口」が気になるところであります。
  • 本の記事 : (本の舞台裏)25周年の文芸文庫 - 野波健祐 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

    講談社文芸文庫が創刊25周年を迎えた。純文学を中心に随筆、評論、詩歌など文芸の王道ともいえる品ぞろえで、タイトル数は千を超えている。節目を記念して、オリジナル企画で好評だった「戦後短篇(たんぺん)小説再発見」第1期全10巻を、月に1冊ずつ復刊している。 創刊時はバブル期。菊地信義による気品の漂う装丁とはいえ、かなりバブルな値付けが話題になった。500円以内の文庫が多かった時代に、千円で1冊しか買えなかったし、いまでは1冊も買えない。そのせいか、読者から寄せられる意見で最も多いのは「高い!」だそうだ。理由は少部数。通常の文庫の半分程度の初版部数のため、必然、高くなるという。 「文庫をめぐる状況は、この数年で大きく変わりました」と文芸文庫出版部の森山悦子部長は話す。出版社の収益を支える大きな柱となった結果、良書を後世に伝える役割は薄れ、大部数を見込める作品が優先されて、収められるようになった。

    subekaraku
    subekaraku 2013/07/17
    菊地信義による気品の漂う装丁、クジラマーク。「読者から寄せられる意見で最も多いのは『高い!』」。たしかに高いけど、触感とか重さとか含めて、ぼくは好きであります。
  • 2013参院選の現場:工夫こらす東京・国立の「滝乃川学園」 知的障害者の投票支え40年- 毎日jp(毎日新聞)

    subekaraku
    subekaraku 2013/07/17
    すばらしい。積み重ねの歴史。
  • 俺たちが歩む道

    ※追記あり 今日Facebookでたまたま中学の頃の同級生のページを見つけた。 当時のことを思い出しながら懐かしさ半分、好奇心半分で同級生のページを見ていった。 俺の中学校は大阪の南部にある。 関西の人なら分かるかもしれないが柄の悪さで有名だ。 女の担任をグーで殴って辞職に追い込んだり、一晩で校舎中の窓ガラスを叩き割ったりするような学校だった。 一言でいえば動物園。人間のルールは園内では通用しない。 そんな中で俺は三年を過ごした。 中学の頃は非常に内向的で自分に閉じこもりがちだった。周りもヤンキーばかりで馴染めない。普通クラスの端っこにオタクグループがあるらしいが、うちの中学にはなかった。 机に突っ伏して休み時間をやり過ごしては毎日逃げるように学校を去っていた。 当然スクールカーストは最下層。身体的なイジメには合わなかったが、心に刺さる言葉を投げかけられることは多々あった。 正直にいうと当

    俺たちが歩む道
    subekaraku
    subekaraku 2013/07/17
    「彼らの人生は単純な楽しさに溢れていた」