1446年にポルトガルがこの地域一帯の領有を宣言した。1482年、勅許会社のギニア会社(英語版)を設立。ポルトガルはギニアビサウのカシェウを拠点に、後にアフリカ全土でそうしたようにこの地でも奴隷貿易を開始し、この地からも多くの黒人奴隷が南北アメリカ大陸やヨーロッパに送られた。1630年にはポルトガルが総督府を設置。1671年、独占貿易会社カシェウ会社(ポルトガル語版)を設立。1687年に奴隷貿易の拠点として後に首都となるビサウが建設された[5]。 19世紀後半まで行政上ポルトガル領ギニアは大西洋上のカーボベルデ植民地の一部であったが、1879年にギニアは単独の植民地となった。20世紀に入るとポルトガルは沿岸のイスラム教徒の民族の力を借り、内陸部のアニミストの排疎運動を始めた。しかし、内陸部及び離島地域の植民地支配は混迷し、ビジャゴ諸島が完全に政府支配下になるのは1936年以降であった。第二
