東日本大震災から間もなく7年。津波で児童74人、教職員10人が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校が今春、閉校する。津波に流され、生き残った4人の児童の一人で、高校3年の只野哲也さん(18)が故郷や家族への思いを語った。 毎年3月が近づくと、ぴりっとした寒さやちらつく雪が胸を締めつける。「あんときも、こんな寒さだったっけ」。7年前のあの日から、1年の始まりは1月1日ではなく、3月11日に変わった。 大川小から歩いて15分ほどの自宅で祖父母と両親、妹の6人で暮らしていた。5年だった只野さんはいつものように、教室で帰りのあいさつのために立ち上がると、船の上に放り出されたような揺れに襲われた。 先生の指示で近くの橋のたもとへ避難を始めた。すると、目の前に見えていた民家が土煙をあげて崩れるのが見えた。「あ、やばい」。すぐに元の道を引き返した。後ろからゴーッという地鳴りが迫ってくる。体の奥まで震動が