自殺ガチ勢の話は重たいので、主にバーチャル方面のあれ。 原則として他人というのは損得だけの関係で、損得だけで自殺を止められてもあんまりうれしくないだろうから、たぶん他人に自殺を止めてほしいひとはあんまり居ないし、またなるべくなら死んでほしくないかなあと思うようなひとは、それは他人ではないということになる。まあそういっても「いまここで死なれると迷惑なんだよねー、どっかほかの機会にやってくれ」みたいな言い方はあるか。あと強いていえば「周囲で他人の自殺が起きてほしいかどうか」というエゴ判定によって、大概のひとは周囲の他人の自殺を止めるだろう。まあ自殺を止めて欲しいひとの大概も、公共性でなくエゴによってこそそれを止めてほしいのだろうから、そのマッチングが不適正だとは思わない。本当には、他人かもしれない境界線の外側のひとからの「おれは他人ではないからあなたの自殺を止めたい」という言葉を求めているのか