以前ロンロンこと王柏融選手のコラムを書かせていただきました、河野万里奈です。プロ入り9年目の歌手、自称「西川遥輝選手らと同期」です。まさか、文春野球日本シリーズ第5戦を任せていただけることになるとは。ただの野球ガチオタクであるわたしに、できることがあるだろうか。頭を悩ませた結果、一つ、大切な授かりものが思い当たりました。それは、私が人生で初めて取材をさせていただいた「関西学院大学の先輩」であり「北の鉄腕」からの言葉。感謝を込めてつづらせていただきます。 「怖い人」疑惑があった宮西投手への人生初取材 皆様に問いたい。「宮西投手のイメージはどんなものですか?」。わたしにとっての第一印象は、関西学院大学野球部時代のプロフィールだった。ニックネーム欄に「宮西尚生様」、イチオシ選手「おれ」などと個性が大爆発していたものだから、忘れられない。その上、杉谷選手からは「目が合えばビンタ」「尼崎のジャイアン
栗山英樹監督には上沢直之投手以外にも「なお」と呼ぶ人がいる。内藤尚行さん、ギャオス内藤さんだ。7つの年の差、スワローズで4年間チームメイトだったギャオスさんは「僕はずっと栗さんて呼んでますよ」と微笑んだ。現役の頃の栗山選手について成績を調べることはすぐに出来るけれど、当時のチームメイトとのエピソードまではなかなかわからない。ギャオスさんとの会話の中で私は「栗山選手」にちょっとだけ会えた気がした。 昨年の夏、HBCラジオの公開収録のゲストがスワローズOBのギャオス内藤さんだった。北海道に住んでいる私たちがギャオスさんとご一緒することがあるなんて思ってもみなかったので、本当に貴重な時間を戴いた。 その日の札幌中心部、屋外の道庁赤レンガ庁舎のすぐ目の前の会場はいつ雨が落ちてもおかしくないくらいの曇り空。でも大勢の方がギャオスさんの話を楽しみに集まってくれた。ギャオスさんはイメージ通りの方だった。
例えば京王よみうりランド駅からジャイアンツ球場までの登り坂、通称「ジャイアンツVロード」だ。イースタンリーグ目当てのファンのために、路傍に巨人軍選手の手形が並んでいる。1軍に飛躍したスターだけでなく、2軍暮らしの選手も多い。懐かしのOB選手も揃ってる。で、僕はいつも「マイケル中村」のところで足を止めるのだ。で、いつも思う。そうか、マイケル中村はその後、巨人と西武のユニホームを着たんだった。 そして胸の奥がつんとなるのだ。僕には忘れられない。2006年10月28日の札幌ドームだ。第57回日本選手権シリーズ、第5戦、9回表のマウンドにマイケルがいた。自在に変化球を操る技巧派クローザー。中日先頭の上田佳範をライトフライに取る。かつて上田に惚れ込み、「ファイターズの3番は向こう10年決まりだ!」と触れて歩いていた自分があの瞬間、「青いヨシノリ」の凡退を願っていた。 僕は1塁側内野席のずーっと上のほ
2015年のように盗塁王もベストナインも取っていたなら、2016年のようにフルイニング出場で日本一にもなっていたのなら、私たちの心はもう少し落ち着いていたのだろうか。中島卓也選手、今シーズンの出場は120試合。そのうちスタメンは91試合で、あとは途中からの出場で代走と守備固めだった。だから、FAについて「相当悩むと思います」と言われても、私たちはただ「いい子」になるしかない。 ファンを一喜一憂させる「北海道で一番モテる男」 「ぼく、ごはん作ってくれる人いるんで」 昨年12月、ラジオの公開生放送のゲストに中島選手を迎えて食事の話題になった時、2000人以上のファンの目の前でこのフレーズが飛び出した。独身の中島選手は札幌で一人暮らし。ファイターズが毎年夏のイベントで恒例にしている「彼氏にしたいナンバーワン選手権」では5回中4回の1位。私は中島選手のことを「北海道で一番モテる男」だと思っている。
小笠原道大ヘッド兼打撃コーチの就任会見を見た。14時からユーチューブで会見場がただ映って、ウンともスンともいわない状況だったので、つい油断していた。突然、スーツ姿の人影が見え、栗山監督とガッツ小笠原だった。うおおお、と叫んでしまう。本当にガッツだ。ヒゲ面だ。「北の侍」だ。 「小笠原です。ただいま、でよろしいでしょうか?」 もう一度、うおおお! この感じは何と表現すればいいか。 召喚(しょうかん)だ。 キャラクターのカードゲームで、強い魔力・霊力のキャラクターを召喚し、勝負に出る感じ。じゃなかったら昔、『料理の鉄人』って番組があったでしょう。鹿賀丈史演じる美食アカデミー主宰が、挑戦者の求めに応じて鉄人を召喚する。鉄人は道場六三郎ら現実の料理人だが、番組冒頭ではセットのなかで静止している銅像、いや、鉄の彫像だ。主宰が呼びかけることで命が吹き込まれる。「よみがえるがいい、アイアンシェフよ!」 そ
剥がせる何かがある気がしていた。オブラートに包む……いや、きっともうオブラートも知らないか、ゼリーと一緒につるんと薬を飲んだ世代だろうか。そんなことはどうでもいい。清宮選手の「きちん」とした姿に私はずっと「包まなくてもいいのに」と思ってきた。 次から次へと訪れる波を乗り越える2年 オフになるのが早いと早いなりに起こることもある。選手の体のメンテナンスもそのひとつ。10月7日からのフェニックス・リーグに参加する予定だった清宮選手が手術をするという。古傷の右肘、リハビリは3か月、今なら春のキャンプに間に合う。 木田GM補佐(当時)が左手でくじを引き当てたあのドラフトからもうすぐ2年。清宮選手が21番をつけてからの2年は、次から次へと訪れる波を乗り越える2年でもあった。 1年目は、 1月 新人合同自主トレ中に右手親指付け根骨挫傷 2月 キャンプ後半に急性胃腸炎で点滴治療 3月 腹膜炎で入院 7月
問題はもう一つの方。嶋基宏がイーグルスからいなくなる!? TLはたちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎになりました。どこのファンであるかに関係なく、異口同音に「何で!?」の嵐。かく申す私もです。もしかしたら、去年金子千尋がバファローズを退団してファイターズの金子弌大になった時以上に驚いたかもしれません。 「チームの顔」が退団する寂しさ 故障がちになり出場機会の減ったベテラン選手を、球団は引退後の指導者就任に主眼を置いた扱いにしていこうとする。でも選手自身はまだまだそういう気にはなれず、移籍を模索することに。 決して珍しくない事例です。にもかかわらず私を含め「何で!?」という反応が続出したのは、彼が「イーグルスの顔」だと見なされていたから、ということになるのでしょう。 と今簡単に書いてしまいましたが、「チームの顔」とはつまり具体的にどういう選手のことだ、と訊かれると実はちょっと即答できません。
中島大輔監督率いる文春西武とのCSファイナルが決まって、あぁ、西武との決戦かぁと物思いにふけった。宿敵・西武ライオンズ。80年代の黄金期からこっちこてんぱんにやられ続けて、いつも西武電車に乗るのが憂鬱だった。西武球場前から負けて帰る道が本当に遠いんだよ。大敗した後などオレは一体、何を求めて西武電車に乗ったのだろうと後悔した。 西武はパに変革をもたらした球団だ。福岡→埼玉の球団移転、新たな球場建設、一新された球団ポリシー、続々と集められたスター選手。のーんびり人脈と経験とでまわってたパに新風が吹き込んだ。かつての西武というと「清原、秋山、デストラーデ」がパッと浮かぶけど、田淵幸一も野村克也も江夏豊もブルーのユニホームを着た。めっちゃ派手だった。 その80年代の黄金期、具体的には1982年4月に「文化放送ライオンズナイター」がスタートしている。これは(特に最初期は)徹底した身びいき応援放送だっ
「ロス」が来ない。シーズン前から覚悟していた田中賢介選手のラストシーズン。優勝で花道を飾ることは出来なかった。引退セレモニーも終わったし、次の日のスポーツ新聞も隅々まで読んだし、何よりシーズンが終わってしまったし、事実は受け止めている。もう「けーーんすけーーー」とコール出来ないこともわかっている。だけど、「ロス」がまだ来ない。私はまだ、泣いていない。 “9月27日”を見ると、いつも2006年のことを思い出す 9月12日。この日付の意味を知らないまま、旧本拠地・東京ドーム最後の試合を迎えた。北海道に移転する前の2000年入団の賢介選手にとっては大切な場所だ。調べると、なんとこの日が1軍デビューの日だった。同じ東京ドームで。2000年の9月12日、ライオンズ戦。7回の守備から途中出場、それが1軍初出場の試合だったそうだ。 「足が震えたのを覚えている」 その19年後の同じ日に今度はその場所でのラ
9月17日付の北海道新聞朝刊に、ファイターズ栗山英樹監督の名前が載っていました。 何を当たり前のことをと思われたかもしれませんが、スポーツ面じゃないんです。「いずみ」です。と言っても道新読者でない方には何のこっちゃですね。家庭面とか生活面とかの投稿コラム、皆様がお読みの新聞にもそんな欄がないでしょうか。そこに掲載された79歳の女性の文章に、栗山監督が登場していたのです。 栗山監督と栗の木ファームの近所の老犬 14年飼っていた愛犬が死んで一週間ほど経った頃、近所の人からその犬のことを尋ねられ……という、こういう投稿欄では割とよくありそうな題材のコラムなのですが、投稿者は栗山町の人で栗の樹ファームの近所で、犬の安否を尋ねてきたのは栗の樹ファームの管理人さん。《人も犬も大好き》で《番犬には向いていなかったのかもしれない》というその犬「けんちゃん」は、栗山監督にとっても愛犬だったのでした。《どうや
9月最後の金曜の夜だ。なぜか文春野球中日のライター、カルロス矢吹が繋いでくれる形で北海道新聞の記者さんと会うダンドリになっていた。本当になぜカルロスが繋ぐのかわからない。僕は2003年、つまりファイターズ本拠地移転の1年前のシーズンから北海道新聞で野球コラムの連載を続けている。ずっと隔週の掲載だったが、何年か前、月イチに減ってしまった。うわー、ちょっと書き足りないなぁと思ってたら渡りに舟、うまい具合いに文春野球がスタートしたのだ。 賢介ラストゲームに日暮里の寿司屋にて 北海道民の間では「道新」で通っている。たぶん北海道の読者は「道新」コラムで僕の存在を知った方がほとんどだろう。僕もホーム意識がある。連載開始がら現在まで15人以上の担当記者さんにお世話になったが、皆、忘れ得ぬ思い出がある。長く続いてる連載なので道新社内にもたまーに愛読者がいて、それが今回の飲み会にも結びついた。カルロスから来
【青空百景スカウトの推薦文】 代打選手の推薦文、今回えのきど監督ではなく不肖私が出張って参りました。というのは監督から「河野さんの起用は青空選手のツイートを見て思い立ったので」と言われまして、いわば担当スカウトの立場です。日刊スポーツのコラムを初めて読んで以来ずっと、今日の日を待っておりました。 えっ、河野さんはタイガースの代打の神様じゃなかったの、と思われた皆様、あの5月7日付コラムの冒頭にご注目を。そう、河野さんは「12球団箱推し」なのですよ。 ひとり紅白歌合戦といえば桑田佳祐の名物企画ですが、ひとり文春野球も余裕で可能なのが河野さん。これは真面目に思ってます。残り10チームの監督の皆様、いかがですか代打・河野万里奈! ◆ ◆ ◆ 「ワンボール」という言葉にピクリと反応してしまう。「王柏融(ワンボーロン)」と空耳して。ロンロンを応援し始めて、ちょうど半年。すっかりロンロン脳だ。毎日ロン
上沢直之を襲った一球――『不動のエース』への物語は来季へ【えのきどいちろうのファイターズチャンネル#104】先日、DeNAソトの痛烈な打球を受け、そのまま退場となった上沢直之。診断結果は左膝蓋骨骨折――チームにとって、あまりにも痛すぎる戦線離脱となった。 2019/06/23 ダブルエースで夏場の大型連勝を期待していたが…… 上沢直之の戦線離脱について書かなくてはならない。胸ふさぐ想いだ。あまり気がすすまない。といってエースの、事実上のシーズンアウト(今季絶望)に触れなかったら野球コラムの体(てい)を成さない。これはチームのトップ項目だ。2019年シーズンのセ・パ交流戦、敵地ハマスタに乗り込んだファイターズは最悪の運命に直面した。 6月18日、横浜DeNAベイスターズ戦1回戦だった。ファイターズは巨人に連敗し、DeNA戦で何とか巻き返したいところだった。エース上沢を立ててカード頭を取りに行
日本ハム主催試合の実況中継が面白い。スポーツ専門チャンネル「GAORA」のスポーツアンカーを務める近藤祐司さん(43)が多用する英語はとても印象的だ。 【動画】「イッツゴーン!」に大反響…ハム実況アナ近藤さんの“英語実況“まとめ 「イッツゴーン(It’s gone)!」は本塁打が飛び出した時の決め台詞。3者凡退に抑えた時には「ワン、ツー、スリー(One two three)」。メジャーリーグの現地中継でよく聞かれる用語を使った実況は、小気味が良くて、耳になじみやすい。選手からも「“ゴーン”を打ちたい」という言葉が聞こえてくるほど浸透し始めている。ファンからも好評で「パ・リーグTV」には「It’s gone!!まとめ」が登場。近藤アナの絶叫を集めて編集された動画が大きな話題となっている。 これまでの日本の野球中継とは一線を画す新たな実況スタイルはどうやって生まれたのか。近藤さんの思いに迫っ
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