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ミサイル発射、拉致問題…日本に害を加える90年代の北朝鮮が日朝関係改善に乗り出した“身勝手な理由”「『強盛大国』の実現には…」 | 文春オンライン
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ミサイル発射、拉致問題…日本に害を加える90年代の北朝鮮が日朝関係改善に乗り出した“身勝手な理由”「『強盛大国』の実現には…」 | 文春オンライン
2022年は、歴史的な「小泉訪朝」から20年の節目となる。それまで拉致被害者の存在を頑なに否定していた... 2022年は、歴史的な「小泉訪朝」から20年の節目となる。それまで拉致被害者の存在を頑なに否定していた北朝鮮当局と金正日がこれを認めて謝罪し、一部被害者の方の帰国が実現したことは、多くの人々の記憶に焼き付いていることだろう。 ここでは、1990年の金丸訪朝から2002年、04年の2度の小泉訪朝までの北朝鮮外交に従事した外交官・山本栄二氏の著書『北朝鮮外交回顧録』(筑摩書房)から一部を抜粋。1990年代、日本国内で北朝鮮に対する世論が悪化していく経緯を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く) 無関心から敵対へ――拉致問題・テポドン発射・不審船 1990年代中盤まで日本国民の北朝鮮に対する関心はさほど高くなかった。無関心が支配するなか、あるときは一部政党や政治家が、あるいは外務省が関心を持ち、国交正常化交渉を進めたり人道支援を供与したりしてきた。その裏には常に北朝鮮側の働きかけもあった。 と

