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「共産主義のスパイではないか」と言われ…ロシアとの住民交流を推し進めた“北陸の元町長”が打った最後の一手 | 文春オンライン
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「共産主義のスパイではないか」と言われ…ロシアとの住民交流を推し進めた“北陸の元町長”が打った最後の一手 | 文春オンライン
全国の自治体で最も活発なロシア交流を行ってきたのは石川県能美市だろう。 最初に推し進めたのは森茂喜... 全国の自治体で最も活発なロシア交流を行ってきたのは石川県能美市だろう。 最初に推し進めたのは森茂喜さん(1910~89年)。平成大合併で能美市になる前の旧根上(ねあがり)町長を9期も務めた人だ。 国家体制が違い、「あまり快く思っていなかった」という旧ソビエト連邦の自治体と、わざわざ交流しようと考えたのはなぜなのか。背景にあるのは森元町長自身の苛烈な戦場体験と、「二度と戦争をしてはならない」という思いだった。平和を求めるには、高い国境を超えて、人と人とが友情で結ばれるべきだという信念があったのである。(全3回の2回目/#3に続く) 森元町長の“過酷な戦争体験” 森元町長はどのような戦争体験をしたのか。これを知るには格好の資料がある。本人の没後、地元住民らで作る伝記刊行委員会が出版した『おつぶけ町長 森茂喜その人と足跡』という著作だ。「おつぶけ」とは加賀弁で正座を意味する。まじめな人柄で、いつ

