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「興味深い国だけど、女性はかわいそう」ポール・マッカートニーが初来日で衝撃を受けたこと 「日本は非常に男性中心の社会だ」
ポール・マッカートニーは1966年、ビートルズのメンバーとして初めて日本を訪れた。彼の目に日本の文化... ポール・マッカートニーは1966年、ビートルズのメンバーとして初めて日本を訪れた。彼の目に日本の文化やファンの様子はどう映ったのか。『ビートルズを呼んだ男』(小学館文庫)を出した野地秩嘉さんが、1998年に行った独占インタビューの内容をお届けしよう――(前編/全2回)。 やけくそで当たって砕けろ作戦だった 以下は1998年10月の末、ロンドン、ソーホースクエアにあるMPLコミュニケーションズ(MPL Communications)のオフィスで行った1時間半のインタビュー記録である。MPLはポール・マッカートニーの個人事務所で版権管理などをする会社だ。 わたしは『ビートルズを呼んだ男』(小学館文庫)の取材で彼に会って話を聞いた。テーマは1966年のビートルズ日本公演とその時のプロモーターでキョードー東京の創業者、永島達司についてのものだ。ポールは永島のことを「Tats(タツ)」と呼んだ。 1



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