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奈良山奥にポツンと巨大な「黒光りゴキブリ像」…会社視察、バスツアー、外国人で人口43人の過疎村が賑わうワケ 雄大な大自然の風景に馴染むアートな"ブロンズ製1トン"建立の経緯
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奈良の山奥であの嫌われ者を偶像にしている寺 日常生活の中で、多くの人が毛嫌いする昆虫。それが、ゴキ... 奈良の山奥であの嫌われ者を偶像にしている寺 日常生活の中で、多くの人が毛嫌いする昆虫。それが、ゴキブリだ。その不快極まりないゴキブリを偶像にして弔う寺がある。20年以上前に、過疎の村に突如として出現した強烈な像は、いつしか地域の名物になり、外国人旅行者やアーティストの心を惹きつけてやまない存在になった。 その名も「護鬼佛理天(ゴキブリ天)」像は、奈良県上北山村の深い山中にある林泉寺に建立された。西には修験道の修行の場で知られる大峰山系、東は大台ヶ原の山々に囲まれた秘境である。上北山村は、かつて平家の末族が住み着いたことに始まると伝えられ、平家ゆかりの寺院が多数存在する。良質の木材を供給していたことから、江戸時代は将軍家の御用材所として栄えた。 戦後間もなく、熊野川の電源開発事業が始まり、この地域に4つのダムが建設されることになった。ダム工事に影響を受ける形で、1960(昭和35)年には人口

