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正義の怒りの中にある正義でない怒り --- 天野 信夫
私たちが、政府や政治家、役所や企業の不正や誤りを見つけそれを正そうとすることは、とても必要で大事... 私たちが、政府や政治家、役所や企業の不正や誤りを見つけそれを正そうとすることは、とても必要で大事なことです。その不正や誤りに気付かない私たちに、それを気付かせるのは野党やマスコミの皆さんの務めでもあります。やがてひとつの運動が巻き起こり、不正や誤りを糾弾する国民や市民の怒りの声が結集されます。結果として、その怒りの声が是正の成果に反映されれば、正義が叶えられた、ということになります。 悪事への徹底的な糾弾や究明、悪人への徹底的な追及や懲らしめは必要です。その一方で、正義の怒りの声の中に、私はやや戸惑いを感じることがあります。その人が批判されるのはある意味仕方ないと思う一方、確かに彼は悪いことをしたけどそこまで糾弾されるのはどうなのか、と思ってしまうのです。やや中途半端な気持ちになります。私がそういう気持ちになる理由を考えてみました。 政治家や高級官僚、大企業の重役や著名人、こうした方たちは
2016/06/16 リンク