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鈴木宗男事件で遠ざかった北方領土問題の解決 日本中が乗せられた外務省の謀略とは | JBpress (ジェイビープレス)
北方領土問題で「4島一括返還」という主張がよく聞かれる。確かにこれが政府方針であった時期がある。そ... 北方領土問題で「4島一括返還」という主張がよく聞かれる。確かにこれが政府方針であった時期がある。それは、北方領土問題を解決する意思が実際にはなかった冷戦時代である。 しかし、ソ連が崩壊し、冷戦が終結したあと、この政府方針は変更された。外務省発行の「われらの北方領土」(2010年版)でも次のように記されている。 「交渉に当たり、我が国は、ロシア側が1991年後半以降示してきた新たなアプローチを踏まえ、北方四島に居住するロシア国民の人権、利益及び希望は返還後も十分に尊重していくこと、また、四島の日本への帰属が確認されれば、実際の返還の時期、態様及び条件については柔軟に対応する考えであることを明示しつつ、柔軟かつ理性的な対応をとりました」 これは、92年に予定されていたエリツィン大統領の訪日に向けた日ロ双方の準備作業についての記述である。なお実際の訪日は93年にずれ込んだ。 ここで言う「ロシア側
2012/06/18 リンク