エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
遺骨の取り違えはなぜ起こったか(上) 渡久地政見(団体職員)
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
遺骨の取り違えはなぜ起こったか(上) 渡久地政見(団体職員)
厚生労働省の派遣団が日本人のものとして収集した遺骨のうち、取り違えた疑いがあるにもかかわらず、公... 厚生労働省の派遣団が日本人のものとして収集した遺骨のうち、取り違えた疑いがあるにもかかわらず、公表すらされていなかったケースが相次いで明らかになっている。根本匠厚生労働相は「手続きは適正に行われていたが、結果として鑑定結果に違いが出ている」と事実を認めたものの、開き直りともとれる発言に遺族からは憤りの声が強く上がっている。こうした事態がなぜ起きるのか、遺骨収集に参加した自身の経験から改めて考えてみたい。 ●遅すぎたDNA鑑定の導入 先の大戦中に戦地で亡くなった戦没者は沖縄を含め約240万人。そのうち今もなお半分近い約112万柱の遺骨が沖縄や硫黄島といった日本国内を含め、海外の広漠とした大地や太平洋の島々、暗い海底に残されている。 終戦直後、復員や引揚時に持ち帰られた遺骨は約93万2千柱。昭和27年からは政府事業として旧主要戦域のいわゆる象徴遺骨(遺骨の一部)約1万2千柱が収容されたが、同3