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戦場の住民たち・沖縄戦75年:少年1000人はゲリラにされた 沖縄戦“護郷隊” 「軍は国民を利用する」 | 毎日新聞
「志願じゃなくて命令だよ。でも軍隊に行くのが本望だったから。僕も喜んだ」。沖縄県東村の仲泊栄吉(... 「志願じゃなくて命令だよ。でも軍隊に行くのが本望だったから。僕も喜んだ」。沖縄県東村の仲泊栄吉(なかどまりえいきち)さん(91)は振り返る。1945年3月、16歳だった仲泊さんが送り込まれたのは「護郷隊(ごきょうたい)」と呼ばれるゲリラ部隊だった。山中に潜み、侵攻する米軍をかく乱する役割を担った。「逃げてもいいよ」。集まった少年たちに部隊長はそう述べ、さらに続けた。「逃げてもこれだから」。部隊長が首を切る仕草をしたのを仲泊さんは再現してみせた。 防衛省や県の資料によると、沖縄戦における米軍の総兵力は推計で54万8000人(うち上陸部隊は18万3000人)。対する日本軍は10万2000人。このうち約4分の1に当たる2万5000人は、圧倒的な戦力差を補うために防衛隊や学徒隊として集められた地元の住民たちだった。 沖縄戦に詳しい沖縄県名護市教育委員会の川満彰(かわみつ・あきら)さん(60)による
2020/06/22 リンク