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24色のペン:学徒出陣80年 答辞を読んだ学生の戦後=川上晃弘(東京社会部) | 毎日新聞
学徒出陣の壮行会は雨が降るなか、神宮外苑競技場で行われた。全国の出陣学徒数は明らかでない=東京・... 学徒出陣の壮行会は雨が降るなか、神宮外苑競技場で行われた。全国の出陣学徒数は明らかでない=東京・神宮外苑で1943(昭和18)年10月21日撮影 明治神宮外苑競技場(現国立競技場)で開かれた学徒出陣の壮行会から今年でちょうど80年。私はこれまで、戦争関連を含めて多くの人を取材する機会があったが、学徒代表として答辞を読んだ江橋慎四郎さんは特に印象に残る人物だった。彼は「生等(せいら)もとより生還を期せず(私たちは生きて帰ってくるつもりはない)」と勇ましく読み上げたが、実際は戦地にも行かず、国内で終戦を迎えた。のちに大学教授となったが、彼にとっての戦後は決して平たんなものではなかった。 1日で書き上げた答辞の文章 江橋さんは神奈川県鎌倉市出身。父親は弁護士で、裕福な家庭だった。旧制湘南中学などを経て東京帝国大学(現東大)に進学した。自由な雰囲気のなかで育ち、軍国主義には興味も関心もなかった。
2023/11/24 リンク