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四三の優勝杯、見つかる 1911年の国内初マラソン五輪予選会 所在不明の「小」を玉名市立歴史博物館で5日から公開 | 熊本日日新聞
四三の優勝杯、見つかる 1911年の国内初マラソン五輪予選会 所在不明の「小」を玉名市立歴史博物館で... 四三の優勝杯、見つかる 1911年の国内初マラソン五輪予選会 所在不明の「小」を玉名市立歴史博物館で5日から公開 1911(明治44)年に国内で初めて開かれた五輪予選会のマラソンで、優勝した金栗四三に贈られた優勝カップのうちの一つが、熊本県内在住の縁故者から玉名市立歴史博物館に寄託された。同博物館は「日本の五輪史や金栗の足跡を記録する貴重な資料」として、開催中の「金栗四三展」(13日まで)で5日から初公開する。 予選会のマラソンは東京・羽田競技場を発着点に開催され、学生選手の金栗は、非公認ながら当時の世界記録を上回るタイムで優勝。日本の五輪初参加となる翌12年のストックホルム大会では途中棄権したが、後にマラソン一筋の人生を歩む原点となった。 この時の優勝カップは大小二つあったことが当時の写真などで確認されている。主催者の大日本体育協会が贈った大カップ(高さ約33センチ)は現在、金栗生誕の地
2020/01/04 リンク