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横浜中心部の「戦争遺跡」旧平沼駅 京急線の高架にその痕跡を探す | 乗りものニュース
京急本線の横浜~戸部間に存在した平沼駅は、駅廃止後、横浜大空襲により被災。その後長らく屋根の骨組... 京急本線の横浜~戸部間に存在した平沼駅は、駅廃止後、横浜大空襲により被災。その後長らく屋根の骨組みなどが残っていましたが、老朽化により撤去されてしまいました。現在、高架下から駅跡は確認できるのでしょうか。 横浜大空襲で被災 元号が令和に変わり、昭和の時代はますます遠くなろうとしています。鉄道における昭和の遺構といえば、廃線や廃駅の跡など様々なものがありますが、昭和は戦争の時代でもありました。 拡大画像 旧平沼駅の階段(2019年4月、河嶌太郎撮影)。 首都圏における身近な鉄道の戦争遺跡のひとつに、京浜電気鉄道(駅廃止時は東急電鉄、現在の京急電鉄)の旧平沼駅(横浜市西区)があります。平沼駅は、京急線が横浜駅まで乗り入れた翌年の1931(昭和6)年12月に開業。しかし太平洋戦争中の1943(昭和18)年6月に営業を休止し、戦争が激化した翌1944(昭和19)年11月に廃止されてしまいます。わず
2019/08/12 リンク