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時の鐘が鳴る場所を訪ねる外国人作家による日本紀行文 | レビュー | Book Bang -ブックバン-
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時の鐘が鳴る場所を訪ねる外国人作家による日本紀行文 | レビュー | Book Bang -ブックバン-
日が短くなりましたね、という言葉が聞かれる季節となった。初冬の午後五時、街の気配が夏とはすっかり... 日が短くなりましたね、という言葉が聞かれる季節となった。初冬の午後五時、街の気配が夏とはすっかり変わるのに驚くが、江戸では季節が巡ると時刻のほうがずらされた。夜明けは卯の刻、日没は酉の刻、正午は午の刻。著者はこの考え方に魅了されて時の鐘が撞かれた場所を訪ね、いまの時刻に変わって生じた時空の亀裂を縫いあわせていく。 江戸で最初に時の鐘が撞かれたのはなんと小伝馬町の牢屋敷だった。そこを皮切りに浅草、赤坂、目白、と円を描くように十箇所を巡るが、鐘は残っていたり、いなかったり。 上野では寛永寺を訪ね、上野戦争の話を聞き、いまも彰義隊の兵士を供養する法要が営まれているのを知る。法要をやめることはないのか、つづけるのは義務だからか、と率直な問いをぶつける彼女に僧侶は答える。彰義隊の子孫が絶えても、寛永寺があるかぎりつづくのだと。 また同じ上野にいまも鐘を鳴らしつづける人がいるのを知り、会いに行く。撞き