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遊牧は軍事、万里の長城はモンゴル人からすれば「造らせている」感覚──モンゴルから中華を見る[前編]
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遊牧は軍事、万里の長城はモンゴル人からすれば「造らせている」感覚──モンゴルから中華を見る[前編]
<遊牧社会から現代が学ぶべきところとは? モンゴル学者の小長谷有紀・国立民族学博物館名誉教授に聞... <遊牧社会から現代が学ぶべきところとは? モンゴル学者の小長谷有紀・国立民族学博物館名誉教授に聞く。『アステイオン』98号の特集座談会より> 文明とはプラットフォームであり、異なる文化や言語、習慣をもっている人々が相乗りできる。そもそもモンゴルがどのような国であり、なぜ中国とつながるのか。モンゴル学者の小長谷有紀・国立民族学博物館名誉教授に『アステイオン』編集委員の岡本隆司・京都府立大学教授と田所昌幸・国際大学特任教授が聞く。 チンギス・ハン以外でモンゴルを語ること 岡本 私は梅棹忠夫先生の「文明の生態史観」に強く憧れ、歴史学・世界史に転化昇華できないかと考えながら東洋史学を研究してきました。拙著『世界史序説』(ちくま新書)で試みましたが、いわば民族学者に教えられて歴史家がその見方を再考したものです。遊牧社会に関わる民俗学や文化人類学を歴史学にもっと生かせないかと改めて考えています。 その