とき * 2009年10月30日[金]31日[土] 13:30—19:00 ところ * 朗文堂4F-B 160-0022 新宿区新宿2-4-9 中江ビル4F Telephone : 03-3352-5070 アダナ・プレス倶楽部の会員と、活版ファンの皆さまを対象とした 新品・中古品のカッパン関連機材・資材の展示即売会です。 手狭な会場ながら、貴重アイテムから、 マニアックな商品までが溢れています! クリスマス・カード、年賀状の印刷に、 このチャンスをぜひともお役立てください。 [東京都公安委員会許可 第304380708865号] アダナ・プレス倶楽部が製造・販売している新品のカッパン印刷関連機器、独自企画開発商品はもとより、カッパン印刷所で長年の使用に耐えてきた優秀な中古品もドッサリ用意いたしました。これらは現在では生産中止となったカッパン関連機器や、個人では入手しにくい活版専用インキな
昨日、ユニコードホームページで、“Unicode 5.2.0”に正式バージョンアップされたことが発表されました。 http://www.unicode.org/versions/Unicode5.2.0/ 今回の目玉は古代エジプトのヒエログリフが遂に追加されたことやCJK統合漢字拡張Cの追加、日本の地図記号や絵文字の一部*1が追加されたことであります。 サマリア文字やパフラヴィー文字、アヴェスタ文字などアラム系文字の大量追加やビルマ文字やカナダ音節文字、ハングル、デーヴァナーガリー文字の拡張が目立った特徴です。 ラテン・ギリシャ・キリル文字系の追加はアブハズ語の“PE WITH DESCENDER”やラテン拡張Cの大文字3種のみと意外と少なかったです。 CJK統合漢字のPDFファイルが、各国別の字形を確認できるようになったことも革新的です。これは漢字の字形の微妙な違いがわかりやすくなったこ
「からん」もいいけど早く「巨娘」も再開してくれないかなと私が願って已まない木村紺先生。いや、「からん」も面白いんですよ? そんな木村先生の作品には、ちょっとした特徴があります。 (神戸在住 5巻 p60) (からん 1巻 p141) このように、普通なら絵の上に直接書かれることの多い擬音が、フキダシの中に写植で書かれている事がしばしばあるのです(「神戸在住」に特に多く、「巨娘」では逆にほとんど見られないものですが)。 この一風変わった擬音の書き方は、そのような表現をされたシーンにちょっと不思議な印象を与えます。まあなんと表現しましょう、余所余所しいと言うか、メカニカルと言うか、無機質と言うか、クールと言うか。あまり他の作家には見られない表現方法だけに上手く言い難いのですが、とにかくそんな感じです。 最初にも書きましたが、たいていの場合、擬音は絵の上に直接手書きで書かれます。 (からん 1巻
最近読んだ何冊かの本で、こんな組版を見かけた。 近頃、こういうのが流行ってるんですか? いや、T.Rexぢゃなくて...^^、アポストロフィーとかピリオドが付いた縦中横でズレる組版。1冊だけじゃなくて、何冊も立て続けなので、こっちが遅れてんのかと不安になる。わたし、縦組って滅多にやらないので、ハヤリスタリがわからないんだけど、普通こうだよね? ちがうの? QXP以前DTPの黎明期*1だとこういうラフな感じも許容範囲だったと記憶するけど、21世紀にこれはないだろうと思うんだけどなあ。それぞれに編集者もいらっしゃるのだろうし。 InDesignだと「左右位置」を若干変えるだけでOKなんだけどな(移動量はフォントの字形や文字サイズによって変わります)。 必要ならば、文字スタイルを作っておいて... 正規表現検索するといいんじゃないかと思います。検索クエリは即席に考えたものだから甘いと思うけど..
振仮名の歴史 [著]今野真二[掲載]2009年10月4日[評者]石上英一(東京大学教授・日本史)■日本語の表現を豊かにする機能 振り仮名は読めない漢字のためのもの、こんな漢字は読めるぞと思う自分を反省する――本書を読み始めてすぐの感想だ。 サザンオールスターズのCDの歌詞で、「合図」には「サイン」、「瞬間」には「とき」、「あるがままに」には「let it be」と、振り仮名が付けてあるという。「let it be」は歌われることなく、ある歌手へのリスペクトをフレーズで示す「表現としての振仮名」として機能する。「サイン」や「とき」も読み補助ではなく、漢字を媒介にした詩的世界の広がりのためにある。 古代の漢文訓読の補助に始まる振り仮名は、古代・中世の辞書編纂(へんさん)で普及する。「蹂躙」には音の「ジウリン」と和語の「フミニジル」が振られ、漢字を媒介に「フミニジル」と「ジウリン」という和漢の概
ITで変わりつつあるところ。チラシ、POP、ラベル、POS、配送伝票や物流管理などが有機的に結びついた機能的なビジネスは、自動組版に向いた世界である。 印刷工程はCTP化してしまった今となっては、もう作業の最短時間は丸見えになっていて、印刷機の回転を速くするか版サイズを大きくするかしか、速度を向上させる方法はないし、それは現状の印刷需要からすると飽和するところまでいっている。プリプレスからCTPに関してもネットワーク化によって中間工程の滞留時間がなくなったので、単純に時間短縮する余地はないといってもよい。 しかし大量にコンテンツがある場合は、かつての情報誌がコンピュータ処理での自動組版を発展させたようなことが、今はDTPソフトのプラグインソフトで行うとか、XSLで行うなどの方法で開発途上である。情報誌の時代から数えると20数年もこのようなことに取り組んでいることになる。こういったことが進む
以前にも述べたように、文字は書かれたものである以上、音価を持つ言語記号であると同時に、イメージでもある。この両面性については、さまざまな指摘がなされてきた。たとえばフーコーはマグリットの絵について述べる中で、カリグラムを例にして以下のように書いている。 (前略)カリグラムが用いるのはあの文字の特性、すなわち空間内に配置し得る線状の要素としての価値を持つと同時に、音声的実質のひとつらなりの連鎖に沿って展開せねばならぬ記号としての価値をも併せ持つ、という特性である。記号として、文字は言葉を定着することを可能ならしめ、線として、事物を象ることを可能ならしめる。かくしてカリグラムは、示すことと名ざすこと、象ることと言うこと、再現することと分節すること、模倣することと意味すること、見ることと読むことといった、われわれのアルファベット文明の最も古くからの対立を、遊戯的に抹消しようとするのである。(ミシ
歴史的に見れば、近代的なまんがは、主に雑誌や新聞のコンテンツの一部として発達してきた。つまり、まんがは単独で自立的に出版されてきたのではなく、他のメディアの「記事」の一部として生まれ、発達してきたのだ。 このまんがの出自が、現在にいたるまでのまんがのありさまを、大きく決定づけている。まんがは、新聞や雑誌に「従属」するものであり、それらの売り上げに貢献するために、出版元によって作られてきた。まんがは、独立した作品というよりも、「新聞記事」であり「雑誌記事」なのだ。 だから、それを作るのは当然、出版元に所属している人間ということになる。 日本で最初の本格的な職業漫画家ともいわれる北澤楽天は、時事新報に入社して新聞にまんがを描いた。以前にもここで取り上げた岡本一平は、朝日新聞の社員としてまんがを描いている。当時の新聞社では、まんがを「内製」していたのだ。 だからそれらのまんがは、「作家の描いた作
まんが雑誌でフリーの編集者として仕事をしながら、あちこちの学校で授業をしたり、取材で人と会ったりすると、よく「まんが作品ができる上で、編集者はどんな役割を果たしているのか」と訊かれることがある。 多くの場合、質問者が期待しているのは、まんが家の創作活動に編集者がいかに関与して作品が生み出されていくのかという証言であり、まんが家を取材したテレビのドキュメンタリー番組に登場する脇役のように、創作現場のありさまを生々しく語ることが期待されているのだろうな、と思ったりする。だから、まんが家と編集者との熱い人間ドラマを語ったりしたら、それこそ相手は大いに喜んでくれることだろう。 だが、こういう質問は、正直返答に困る。 相手が期待するような話も、決してないわけではないが、その前に言わなければならないことや、留保しなければならないことが、山のようにあるからだ。しかもそれらは、たぶんほとんどがネガティブな
ヴァイオリンだって骨董屋で木製家具を選ぶように見てみたらよい、というところまで書いた。参考までに欅の古民具をウェブサイトから拝借しておく。少し探したのだがあまり格好なものが見つからない。どうも品がないのばかり出てくる。我が家にある刀箪笥を載せようかとも思ったが、生活を暴露するのは好まない。中では載せたものがましかなと思われた。(我が家のは立派ですぜ。載せなければいくらでも駄法螺を吹けるなあ。) ストラディヴァリウスをはじめとする弦楽器において、ニスは秘伝中の秘伝だというではないか。家具にしても、歩を譲って、意味はそこまで強くなくてもニスで美しさは左右される。 あるいは漆にいたっては、塗る漆の質がそのまま器の質ではないか。 そう思いをいたすと、小林秀雄さんが「良い楽器は見ただけで分かる」と書いたのを冷笑する理由は果たしてあるだろうか、という疑念すら出てくる。 少なくとも気合が入っていない外観
かつてメニューインが来日して日比谷公会堂で演奏をした。戦後間もないころである。したがって僕は聴いていないのであるが。 小林秀雄さんの全集にその時の感動を綴った文章があるはずだ。 その中で、それとももうひとつあるメニューインについて触れた随筆の中でだったかな、良い楽器は見ただけで分かると断言していた。 そのことについて音楽評論家の誰かと中島健三さんが対談中で冷笑していた。これは僕が小林秀雄という存在を知り、愛読するに至った後だから高校生時代より後である。中島さんは知る人はもう少なくなっただろうが、仏文学者である。 仏文学者辰野隆門下で小林さんと同期だった人である。音楽通としても知られ、僕が子供のころは音楽雑誌上で見かけたものだ。こうして改めて思い返してみると、僕も当時はけっこう雑誌に目を通していたのだと知らされる。 青山二郎は独特の毒舌と駄洒落が上手だったらしい。若いころの中島さんが小林さん
小林秀雄の本が、まったく分からない気分になってきている。 いろんな人の本が、特に文化系の人たちの本が、読んでいて、またまた分からなくなってきた。分からなくなってきたというのは、大学生の頃感じたあの気分だ。 それとも、分かったと思うことによって、自分の考えに自信を持つべきなのだろうか。 一度自信を持ったら、その自信を守るために、様々な論理を用いて、自分の考え方を守るべきなのだろうか。 守ることによって、自分の立場が明確になっていく。 自分の立場が明確になっていくと、どんどんものを言いやすくなる。どんどん、自分に、これが自分なのだという気分が強まっていく。 たぶん、そのような心の流れになるのだろう。 小林秀雄の本を、今読み返しているが、ちょっとずつ、小林秀雄の言っていることが分からなくなってきたので、今日は、読み方の態度をちょっと変えてみた。そうすると、まったく、前に読んだときとは、別の姿が見
9月29日に発表された一部施設に関して直接払い制度を猶予するという妥協案は、実はほぼ同じ枠組みが9月はじめ既に厚生労働省から日本産婦人科医会に示されていた。 遅ればせながら7月後半に始めた地域説明会を経て、現場から猛烈な反発を受けた産婦人科医会執行部が、あわてて8月21日に「3ヵ月程度の実施猶予」を厚生労働省に対して要望したためだ。今回の見直しとの違いは、保険者の意向で、猶予を受ける施設名などを誰でもアクセスできるサイト上などに表示するよう求められていたこと。医会では『名称などを周知すると風評被害が出る』から呑めないと拒否、9月8日に猶予の要望そのものを取り下げてしまった。その際、『医会が直接払いに後ろ向きな医療施設を丁寧に指導していく』と約束もしたらしい。 業界団体のボスたちが現場に諮ることもなく密室で筋の悪い話を了承し、当然に出てくる現場の反発を抑えにかかる。医療事故調設置をめざす動き
「しくじりのツケを妊婦さんに負わせることになってしまい、本当に申し訳なく、我々も含めて関係者一同で謝罪する必要があると思います。大臣にも意に染まない決断をしていただいたと思いますが、それでも今回はこうするしかなかったのです」。海野信也・北里大教授は、そう語る。 なぜ海野教授がこんなことを言うかといえば、事態を収拾すべく9月末に4日間に3回も長妻昭・厚生労働大臣と会って折衝したからだ。海野教授を大臣と引き会わせたのは足立信也政務官で、梅村聡参院議員も同席していた。 海野教授が動いたのは、この問題に関して署名活動を行なっていた『日本のお産の守る会』から相談を受けたことと、産婦人科医会のメーリングリストに流れたある開業医の嘆きに大変に心を打たれたことと二つの理由があるという。 その嘆きとは、こんな内容だった。--自分はお産が好きなので、ほとんど儲からない中で、家族に迷惑をかけながら細々と診療所を
すみません。日誌をすっかり止めてしまいました。 9月29日(火)、9月30日(水)にポットが倉庫業務を委託している大村紙業さんへ棚卸しに行ってきました。 9月29日は返品倉庫のある庄和流通センターへ。9月30日は良本倉庫のある幸手流通センターへ。 どちらも埼玉にある巨大倉庫です。どちらもポットからは電車で1時間半。そのあとタクシーで、という場所ですが、今回は両日とも大村紙業さんが迎えの車を出して下さったので、かなり楽にいけました。 9月29日◎庄和流通センター 東武野田線の南桜井駅から車で10分強。ほぼ家がなくなり、景色が一面田んぼが広がる場所に庄和流通センターがあります。広いです。 最初に施設を案内していただきました。 パレット倉庫兼仕分前に一時的に返本を保管する倉庫 (画像に映っている積んである本と本の間にある「すのこ」がパレット。量の多いものは品目別にパレットに載せ、サランラップのよ
虐待や生活困窮などを理由に家族と暮らせない子どもを引き取って育てる里親の家族が、同じ敷地に暮らす「子どもの村」が来春、福岡市に開村する。子どもが専門家のケアを受けながら里親同士も支え合う仕組みで、国内には例がない。 4日には起工式が行われ、虐待の深刻化などで行き場を失った子どもが増える中、新しい取り組みが動き出した。 「子どもの村」の開設を進めているのは、小児科医や企業などでつくるNPO法人「子どもの村福岡」。市から借りた同市西区今津の市有地(約3500平方メートル)に、里親家族が住む一戸建て5棟、児童福祉の専門家が常駐する建物の計6棟を建設し、来年4月末に開村する。 一戸建ては「育ての場」として里親に提供され、1組が3〜5人程度の子どもを育てる。常駐する専門家を「村長」とし、常駐する建物は、地域の子育て支援の拠点として、一般にも活用してもらう。 日本では、保護を必要とする子どもの8割以上
9月18日、ある方から「夏目漱石」の登録商標が申請され公示されているとの情報をいただきました。以下はその方から送っていただいたURLです。出願日は8月4日(解散に関する財団評議会7月30日の直後)、公開が同27日。 http://mendoza.cocolog-nifty.com/trespesos/2009/08/post-6374.html 即座に、この件を親族に知らせ、同時に財団理事I氏にも知らせました。I氏は「寝耳に水」であったとし、財団とは無関係な出願であるとしつつも、出願者である夏目一人氏に事実確認をするとの返答でした。が、なかなか一人氏がつかまらないようでした。 その間に私は、同様の歴史上の人物を巡る登録商標問題がすでに複数起き、特許庁でその件を巡る小委員会が開かれており、一応の結論が10月5日にまとめられるようだとの情報を得ました。 もし、取り下げが行われないのであれば、登
7月に一般財団「夏目漱石」なるものが設立されたことにつき、私と多くの親族が反対する旨を、このブログで公表し、新聞記事にもなりました。その後、私は財団の理事であったI氏から連絡をいただきました。氏によれば、多くの財団参加者が他の親族の同意を得た上でのことと信じて参加したとのことでした。I氏とは、その後財団問題の解決を探って面談もし、メールでのやりとりを続けておりました。 I氏の対応は率直で誠実でした。氏も財団解散を望みましたが、議決に至らず、他の親族の同意なければ活動休止という線でようやく落ち着きそうでした。そこにさらに「夏目漱石」の登録商標申請の問題が起きました。さいわい、こちらも取り下げとなり、ほぼ落着といって状態にたどり着きました。 これらの経緯をブログに公表すべく原稿を用意し、I氏にも確認してもらっておりました。それが10月1~2日のことです。 10月3日(土)夜、I氏よりメールが届
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