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thinkに関するkataのブックマーク (190)

  • 井上雄彦さんと会う - 内田樹の研究室

    井上雄彦さんの仕事場を訪ねる。 BRUTUSの井上雄彦特集のためにツーショットを撮るのである(ということは、例によって「ハシモトさん・スズキさん」マターである)。 世田谷某所に「スラムダンクビル」がある。 タクシーで遠くから見て、「あれかな?」「いや、あれは学校でしょ」と話していたら、そこだった。 6階建ての自社ビル(というか自分ビル)で、その地階が体育館になっていて(もちろんバスケットをするため)、そこを今は仕事場にしておられる。 というのは、井上さんは週末から上野の森美術館で始まる個展のための作品をそこで描いているのである。 キャンパスの大きさが半端じゃないので、体育館に工事現場のような足場を組んでいる。 お仕事の手を休めて、ゆらりと立ち上がってこちらを向く。 「こんにちは」 おお、立ち姿に後光が差している。 ここ何日もきれぎれにしか寝ていないそうである。 しかし、その笑顔は透き通るよ

  • 夕方のtwitterでの発言の補足ログ - finalventの日記

    意識の問題と存在の問題の違いのわからない人は多い。つまり、その人がどのような思想を持っているかということと、その人が社会構造のどこに嵌め込まれて存在しているか、ということの違いについてだ。 いくら意識を改革しようが知識を得ようが、存在に変化がなければ社会構造は変わらない。そして、社会構造が各種の権力を生み出していくのであり、人の存在、つまり社会的存在は常にその権力の機構の一部になっている。意識的に、思想的に否定しようがしまいが。そして意識も思想もそれらの権力の仕組みとは原理的に断絶している。 あるいはこう考えてもいいかもしれない。主体と想定している個人の意識と、その社会構造の機能としての意識の差異がどこにあるのか。個人がどのような思想を選択しようが個人の趣味に近い。だが、社会機能として存在しているとき、社会システムのなかで各種の権力を構成していく。その社会にもし差別や不当な権力が存在すれば

    夕方のtwitterでの発言の補足ログ - finalventの日記
  • おや? - finalventの日記

    昨日のこれが⇒finalventの日記 - なぜ今頃 で。 人気エントリーに⇒はてなブックマーク - asahi.com:夢見た教壇2カ月 彼女は命を絶った 23歳教諭の苦悩 - 社会 ざっとブ米の、この手の話題に集う村民を見て、エントリも巡回したけど、首都圏報道について触れたのはほとんどなかった。かつ、私のエントリも読まれてなさげ。まあ、読まれなくていいんだけど。っていうか、罵倒のためだけに読まれるのはな。 というか、首都圏報道、見られてないのかあ。 クロ現と首都圏報道くらい見たほうがいいと思うが。 で、この事件、首都圏報道と比較し、遅れて出てきた朝日の遅れ記事だけでは見えないところがありそうなんだけど。一般的なパターンにすぐに捨象されてしまうみたいな印象はちょっと。 ラブ犬さんじゃないけど、話題にするときは反射的に正論を言うより、その機会ごとのディテールにできるだけ当たったほうがいいと

    おや? - finalventの日記
    kata
    kata 2007/10/10
    「正論というのはけっこうテンプレなんだけど、ディテールには今があるというか、ディテールに考察すべき今がある。」
  • 悪ということ、少し - finalventの日記

    Gので、なぜか英語で覚えているのだが、No salt, no sugar という、彼お得意のナスレデッィン風の格言があったか。意味はよくわからないのだが、塩味がないと砂糖の甘さも効かないということかもしれない。Gは直接は悪を語っていない。Gはなにかもっとぞっとするような暗黒のようなものを語っている。彼にとって悪がなんであるかはわからないが、弟子との関わりでは、人が普通に悪と思うものについては寛容であったし、彼は意図的に悪を振る舞った。子どもだったピーターズはGにある女性になぜ不公平に振る舞うのかと問うたとき、Gはそれによって人が哀れみの心を持つと答えていた。たぶん、ある種の社会的な悪というのはGにとってはまったく意味の異なったものであり、存在の高度化はそうした機能的な悪との関わりを持つものでもあったのだろう。 ネットなどでも昔はそうでもなかったように思うのだが、ぞっとするような悪が露出す

    悪ということ、少し - finalventの日記
  • GTDのタスクは、Actionに入れて初めて「タスク」になる, 今日はメールのトラフィックが多い - ただのにっき(2007-01-06)

    ■ GTDのタスクは、Actionに入れて初めて「タスク」になる ※エチケットペーパー: 以下に述べるGTDは、もはや式のGTDとは異なる独自の「ただ式GTD」である可能性が高い。なにしろ経典を読んでないし。だがそれで良いと考えている。 高橋さんの人生はGTDじゃない、のだと思うを読んで。 昨日年次レビューをやってつくづく感じたのは、GTDではActionやCalendarにタスクを移動して初めて、「やらなければいけないこと」が発生するのだということだ。ProjectやSomedayにあるタスクはそういう意味で、当の「タスク」ではない。せいぜい「近々やりたいこと」や「いつかできたらいいな」というところ。 だから、Somedayには「世界中のパラボラアンテナを見て回る」とか「宇宙旅行に行く!」なんてものがずらずらと並んでいるのだ(もちろんすごく現実的な項目もあるけど)。毎週リストをチェッ

  • ■コンピュータは人間を進化させるか■アラン・ケイ氏インタビュー - 後藤貴子の米国ハイテク事情

    ●ビジョナリーが夢見るのは数百年後の世界 数年先のPCや家電の規格とか、Webやケータイの新しいサービスとか。IT業界の大きなテーマが、当はいかに小さいか、この人に会うとよくわかる。 “この人”とは、アラン・ケイ(Alan Kay)氏。メインフレーム主流の時代に、パーソナルでダイナミックなメディア「Dynabook(ダイナブック)」を構想し、先進的アイデアを詰め込んだワークステーション「Alto(アルト)」の開発でも中心的役割を担った伝説的人物。未来を予測する最良の方法は未来を発明することだとの名言を自ら実践してきた、最高のビジョナリーの一人だ。 だが、著名な学者やビジョナリーの中でも、ケイ氏はちょっと毛色が違うように思う。米国のビジョナリーには、起業したり企業の顧問になったり、あるいは自分の大学への企業の寄付集めに熱心だったりと、ビジネスと深い関わりを持つことで自分のアイデアの実現を図

    kata
    kata 2006/09/26
    カエルくん
  • 「B級保存版」のホームページ(佐藤賢二(葦原骸吉)のてきとうな個人webサイト)

    「B級保存版」って何? 佐藤賢二こと葦原骸吉(自称:売文プロ(レタリアート))の個人サイト、過去の文章アーカイブです。 ネーミングの由来は、汎田礼氏の「永久保存版」にあやかったもので、大して考えてません。 ■商業原稿再録 過去にライター仕事で書いた原稿のうち、初出からだいぶ経っていたり、現在書店で入手もできなそうなものを、部分的に再録してます。 (2007年5月18日更新)

    kata
    kata 2006/09/24
    懐かしい
  • アンカテ(Uncategorizable Blog) - 「スモールビジネスの国」と「強者と弱者の国」

    アメリカでは、「スモールビジネス」というのがこれから流行るみたいです。 ベンチャーのように大金を集めない バブリーに稼ぐのではなくて、小さいことを武器にして小回りをきかせて稼ぐ 経営者(創業者)のアイディアと情熱と信念による経営 成長指向ではない というタイプの小さな会社による新しい経済が急速に伸びているが、気づいている人はあまりいない、というような話が、Rex Hammockという人のブログに出ています。派手な資金の動きがないから見過されているが、実はそういう層が厚みを持って育っているそうです。 この人がやっている My Business Magazine という雑誌で、37 Signals の Jason Friedさんをインタビューしたそうで、そのことが彼のブログのMy Business Magazine: The Next Small Thing - Signal vs. Nois

    アンカテ(Uncategorizable Blog) - 「スモールビジネスの国」と「強者と弱者の国」
  • メモニッキ☆ / 迷惑かけてありがとう

    「迷惑かけてありがとう」。たこ八郎さんの大変美しい名台詞です。 一般にこの言葉は、「皆に迷惑かけて生きてしまったけれど、『迷惑かけてごめん』と謝るよりは、感謝を捧げたい」といった意味として取られていると思います。実際、ご人はそれくらいの意図だったのではないかと思いますし、この意で援用することに何ら問題はないでしょう。 しかしこのフレーズには、より長大な射程を読み込むこともできるのではないかとわたしは考えています。 まず、「迷惑をかけるな」と言いますが、何をもって迷惑とするかは人によって異なります。そしてこれを決定するのは迷惑を被る側であって、かける側ではありません。従って、上の規範を守って行動するには、その行動の結果が与える効果について、常に完全なフィードバックを得ている必要がありますが、これは不可能です。物理的に困難というだけでなく、行動前に行動の結果を読み込もうとすれば無限背進に陥る

    kata
    kata 2006/05/08
    [「感謝とは、与えられたものに対して何かを返すことではありません。感謝は交換ではなく、むしろ何も返さないことであり、弁済能力の無さをさらけ出すことです。」
  • 白と黒の争い - レジデント初期研修用資料

    レジデント初期研修用資料 引っ越し前の旧blogです。新しいアドレスは http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/ になります ルールは非常に簡単。 黒は自分の力で戦う。何でもできる代わりに、何かの代償が必要。 白は規則に縛られる。正義とか、神とか法とか、そういうものに。 規則の範囲でしか力を使えない代わり、その規則に逆らったものに対しては非常に強力な力を出す。 黒は何でもできる。世界の規則に逆らわない範囲では、白は黒に対して無力。 白の勝つ戦略は、黒を騙すこと。白は巧みに黒を誘導して、相手を罠にはめる。 黒を世界の規則に違反させると、神の怒りが炸裂して、その時点で白の勝ちが決まる。 黒が規則に触れないで平和に暮らしていると、 そもそも白には存在意義がない。だから争いをけしかけるのは、常に白の側。 物語世界の対立 白と黒。善と悪。光と闇。 正義と悪とを代表する、2つの

  • 内田樹の研究室: うなぎくん、小説を救う

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    kata
    kata 2006/04/27
    匿名である無しにかかわらず責任をとる気がある人間はひとにぎり
  • プログラマの種類とキャリア - naoyaのはてなダイアリー

    http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20060426/hr を読んでいろいろ考えた。 最近はてなブックマークとか見てて、優秀な人は自分がすごいことをやってるとか、努力してることに気づかないみたいな話がありましたね。例えば僕なんかはゲームがすごい好きで、ある程度つまらないゲームでも結構ずーっとやってられるみたいな感じがありますが。んなゲームするのが好きでどうすんだよ! ってそういう話じゃなくて。この感覚をときどき、プログラミングをしてたりコンピュータを触ってるとき、新しい技術について調べてるときに感じることがあるよという話。 その一方で、読みづらくて分かりづらいを読んだり、ひたすらバグを叩いてるときとか、同じプログラミングに関することでも気分が滅入るときはたくさんある。プログラマという職業を続けられるのは、プログラミングが好きだからと思う一方で、好きだからといって

    プログラマの種類とキャリア - naoyaのはてなダイアリー
  • 内田樹の研究室: ナショナリズムと集団性

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    kata
    kata 2006/04/26
    どのような集団も、あるサイズを超えると集団の維持が自己目的化し、集団成員の互酬的コミュニケーションには副次的な配慮しかされなくなる。
  • 空気を使った仕事のやりかた - レジデント初期研修用資料

    レジデント初期研修用資料 引っ越し前の旧blogです。新しいアドレスは http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/ になります 空気を読もうとする人に対する批判が増えたような気がする。 やっている仕事の影響なのか、 こうした意見には違和感を感じる。 空気は役に立つ。少なくとも、自分が病院で仕事をするには。 医療は配分の問題 漂流する宇宙船に100人の人が乗っていて、次のステーションまでの酸素は50人分しかない状況。 残りの酸素を平等に分配すると、全滅 全ての乗組員が共産主義者だったら、リーダー一人を残して全滅 全ての乗組員が人権活動家だったら、やっぱり全滅 みんなで酸素の奪い合いをして、生き残るのはようやく数人 どう立ち回っても、50人分の酸素で50人を生かすのは、けっこう難しい。 臨床医学というのは、「50人分の医療資源をどうやって100人に配分するか」という学問だ

    kata
    kata 2006/04/20
    空気のつくりかた
  • 花森安治と「暮しの手帖」展に行ってきました - 伊藤剛のトカトントニズム

    行こう、行こうとずっと思ってて結局行ったのが最終日の夕方というダメ人間ぶりをさらしつつ、しかしいつまで経っても暖かくならないよなあ今年は、とぶつくさいいながら芦花公園にある世田谷文学館へ。 やはりぼくは小学校・中学校と家にあった「暮しの手帖」を読みまくった「てちょらー」ですから、今回の展示を見にいくのには、どこか自分のルーツを探るようなところがありました。 展示で、やはり圧巻だったのは花森安治による表紙原画や、割り付け用紙など。 ホントにこの人は企画から編集から執筆からイラストから装丁からレイアウトまで全部やっていたんだな、と実感しました。自分でも多少は編集者のマネゴトのようなことをやってもいるので、これがいかに大変なことかとあらためて気づいたというか。 「暮しの手帖」が広告を入れなかったのは有名な話ですが、そのことについて語る文章(これも該当のページが読めるように展示されていた)のなかで

    花森安治と「暮しの手帖」展に行ってきました - 伊藤剛のトカトントニズム
  • mycasty.jp

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  • naoya_t (aka naochan) の日記 - ポール・グレアムのエッセイと和訳一覧

    オーベルジーヌ実レポ べ物の鼻塩塩(未だに通じるのかな) オーベルジーヌというカレーをご存知だろうか 都内にあるデリバリー専門のカレー屋で、 ロケ弁などで大人気の格欧風カレーが楽しめるらしい いいな〜 いいな〜オブザイヤー 都内の奴らはこんな良いモンってんのか 許せねえよ………

    naoya_t (aka naochan) の日記 - ポール・グレアムのエッセイと和訳一覧
  • My Life Between Silicon Valley and Japan - アメリカの大学生のネットワーキングの凄さ

    昨日のエントリー「「次の十年」のキャリア構築と「個のエンパワーメント」」をアップした後、よくよく考えてみると、昨日紹介したFast Comanyの「Creating a Gem of a Career」 http://www.fastcompany.com/magazine/103/playbook-gem.html の中に出てくるアメリカの若者たちのワーキング・スタイルというのは、実はかなり衝撃的だということに気づく。これから、人ひとりの能力、仕事をする能力って、いったいどういう定義になっていくのだろうと思う。 とにかく若者のほとんどが厖大なネットワークを持った状態でキャリア構築を行う時代だということである。これは明らかに、我々の時代と全く違う。 そして皆、プライベートな情報の開示も含めて、旧世代には理解できないほどものすごくオープン。そして、おそろしいスピードで厖大な量の情報を皆がシェ

    My Life Between Silicon Valley and Japan - アメリカの大学生のネットワーキングの凄さ
    kata
    kata 2006/03/24
    匿名同士だと雑音が多いからなあ
  • 量子的自己の脱・世間と脱・社会 - アンカテ

    松永英明さんのことは一生信じないけど共存していきたい 「信者」である権利と教祖の取締りの両立は可能か? アルファブロガーは烏山宛の年賀状を出すか? -- 松永さんの社会復帰と「世間」への復帰 これまで、松永さんのことについていろいろ書いてきたが、書けば書くほど混乱していく感じがしてきた。しかし、弾さんの404 Blog Not Found:量子自我(quantum ego)とは何かを補助線にしたら、ある程度スッキリと話がまとまりそうな気がする。 古典的自我と量子的自我 自分を把握しているかどうかはさておき、現代人は「自分」を「他人」とはっきり区別できるのだという前提に社会を組立てて来た。所有権という概念が成り立つためには、そもそも「誰」がはっきりしないことには文字通り「話にならない」。「自分のもの」は「他人のものではない」し、その逆もまた真なり。ここには確固たる排中律が存在する。 社会は、

    量子的自己の脱・世間と脱・社会 - アンカテ
    kata
    kata 2006/03/22
  • 404 Blog Not Found:ヒト、モノ、カネより大切なもの

    2006年03月21日19:38 カテゴリPsychoengineeringValue 2.0 ヒト、モノ、カネより大切なもの とは、居場所、なのではないだろうか。 その思いは最近特に強くなってきている。 先進国の若者(と、まだ不惑に達していない私が言うのも何だが)たちの「まったり」とした不満と不安というのは、ほとんどそれに由来するのではないかとすら思う。 確かに彼らは「不足なしに」育って来た。しかし彼らは薄々感づいているのである。 それが実は与えられたものではなく、未来の自分たちから奪われて来たものであることを。 H-Yamaguchi.net: 賃上げより前にやるべきこと これまで若年層の雇用機会が極端に不足していたのは、企業が「既に雇われている人たち」の雇用維持を最優先にしたからだ。これは、必ずしも経済原則にしたがったものとはいえない。もちろん、新規に雇用するより既にいる従業員を使い

    404 Blog Not Found:ヒト、モノ、カネより大切なもの