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2015年9月14日のブックマーク (5件)

  • 悲報 パスワードが記載された国勢調査の利用案内が無防備にポスティングされる事案が続出

    出張中、平成27年国勢調査の「インターネット回答の利用案内」という封書をが受け取っていました。 そろそろ来る頃だと知っていたので、来た時にはきちんと「国勢調査員証」を確認するように言っていたのですが、我が家を担当されている調査員の方はしっかりとした方だったようで、自ら「国勢調査員証」を提示され封書を手渡されたとのこと。 ただ、この封書って中に調査対象者IDと初期パスワードを記載した用紙が入っているにも関わらず、封印されていないんですね。 用紙の下部には以下のように書いてあります。 ※この利用者情報は、配付された世帯でのみご使用ください。また、第三者に渡らないように取扱いなどには十分ご注意ください。 ※誌は、セキュリティ確保のため、原則、再発行いたしません。 調査対象者IDは、回答内容の確認や修正を行うための再ログインの際に必要となります。 このような注意喚起をするのであれば、IDやパス

    悲報 パスワードが記載された国勢調査の利用案内が無防備にポスティングされる事案が続出
    lololo
    lololo 2015/09/14
    個人情報のリスク管理についての危機意識が低いとしか思われない。国勢調査でもこんな調子だから、マイナンバー制度が実行されたら、どんなトラブルが起きるのかと思うとゾッとする。
  • “エンブレム佐野”は二極化する日本社会の象徴だ|May_Romaコラム (1/2ページ) - デイリーニュースオンライン

    エンブレム佐野の件がまだまだ燃えております。そろそろ鎮火するかと思いましたが、ネットの暇な人々が熱心に発掘作業をしているので、「女は黒タイツをはくべき」という手紙を女性に渡したとかいう変態をしのぐ、今年最大の炎上ネタに昇華する可能性があります。 今回の件で、ネット民を中心に大炎上している理由は、そもそもオリンピックのロゴが、大福の包み紙みたいでイモ臭いというのもありますが、デザインや広告業界という、最もリベラルで、時代の最先端を行っているはずの業界でも、「えこひいき」と「縁故主義」が当たり前で、お友達でグルグル仕事を回している、チンカスの様な縁故村社会だったことばがバレてしまったためでしょう。 お友達ならコピペだろうが、盗作だろうが、小学生の落書き並みのキャラだろうが、なんでもいいのです。 Oxford Dictionariesによる「えこひいき」と「縁故主義」の定義 「えこひいき」(Fa

    “エンブレム佐野”は二極化する日本社会の象徴だ|May_Romaコラム (1/2ページ) - デイリーニュースオンライン
    lololo
    lololo 2015/09/14
    昔から「地獄の沙汰もカネ次第」と言われるが、今はこれに「コネ」が加わった。この二つに恵まれる人の出世は速いが、ナイトいつまでたっても底辺層に潜ったまま。力があるのに運がない人は沢山いると思う。
  • サラリーマンのブログが超つまらない理由:あるいは資本主義の攻略法。|イケハヤ大学【ブログ版】

    こんにちは、高知の山奥からイケダハヤトです。 ぼくの考えは1ミリも変わらない……どころか、この確信は強固になっているので、あらためて書いておきましょう!何度でも! サラリーマンやってる人のブログはつまらない。 わかりますか? サラリーマンのブログはダメなんです。もう、読んでて全然面白くない。 え?異論がある?面白いブログはあるじゃないか? いやー、異論は認めません。じゃあ面白いブログを教えてくださいよ。あるの?つまらないっしょ、それ。 実際、勤め人やっている人のブログで「面白い!」と思った試しがありません。 なぜか?人生かけてブログやってるぼくが教えて差し上げましょう! 1. 守りに入っている。 まさに会社員が集まって書いてる「オウンドメディア」なんかは、つまらないブログの代表格ですよね。 たとえば「LIG」のブログ。ここはオウンドメディアの最高の成功事例だと思いますが、中身はつまらないと

    サラリーマンのブログが超つまらない理由:あるいは資本主義の攻略法。|イケハヤ大学【ブログ版】
    lololo
    lololo 2015/09/14
    彼のように、ブログ記事でくっていけるのは本当に一握り。だがここでの意見はあたっている。自分だけ「安全地帯」にいて他者を批判する人に、説得力がある記事が書けるとは思われないのだが。
  • 文科省の文系学部軽視は「誤解」なのだろうか 鈴木寛氏の記事を起点に考える(上) - 日比嘉高研究室

    (下)はこちら 資料・出典・リンク集 はじめに 最近、いくつかの記事やら情報を見て思うのですが、文系学部大学院の廃止・転換問題について、文科省は少し軟化姿勢を見せているようです。 下村文部科学大臣は『日経済新聞』(2015年8月10日)のインタビューで「文科省は国立大学に人社系が不要と言っているわけではないし、軽視もしていない。すぐに役立つ実学のみを重視しろとも言っていない」とか、「廃止」は教員養成系学部の「新課程」(教員免許取得を義務づけていない課程。いわゆる「ゼロ免課程」)だけなのだと述べています。また、先日批判の声明を出した日学術会議に対する文科省のレスポンスの報告が、私のところもメールで転送されて回ってきましたが、そこでも同趣旨のことが書かれていました。 そして8月17日に、鈴木寛文部科学大臣補佐官によるDIAMOND Onlineの記事「「大学に文系は要らない」は当か?下村

    文科省の文系学部軽視は「誤解」なのだろうか 鈴木寛氏の記事を起点に考える(上) - 日比嘉高研究室
    lololo
    lololo 2015/09/14
    ただでさえ、地方大学文系は文科省から冷遇されているのに、これ以上「知の拠点」の予算を削ってどうしようというのか?文系の人間を侮辱するのは大概にしてほしいものだ。
  • 知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。

    少し前に訪れた大学の先生から、面白い話を伺った。それは「知的な人物かどうか」という判断の基準に関するものである。 私達は「頭が悪い」と言われることを極端に嫌う。知性が人間そのものの優劣を決めるかどうかは私が判断するところではないが、実際知的であることは現在の世の中においては有利であるし、組織は知的な人物を必要としている。 だが、「どのような人物が知的なのか」ということについては多くの人々の判断が別れるところではないだろうか。 世の中を見渡すと、あらゆる属性、例えば学歴、職業、資格、言動、経済的状況などが「知的であるかどうか」のモノサシとして使われており、根拠があるものないもの含め、混沌としている。 だが、私がこの先生からお聞きした話はそういった話とは少し異なる。 彼は「人間の属性と、知的であるかどうかの関係はよくわかりませんが、少なくとも私が判断をするときは、五つの態度を見ています」 とい

    知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。
    lololo
    lololo 2015/09/14
    この態度は、今の政治家のみならず、ありとあらゆる人当てはまるのではないかと思った。もちろん自分にも。これらの考え方を、常に頭の中に止めておきたいと思うけど、実際には難しいだろうな。