他力ということ この言葉は、『教行信証』行文類「他力釈」の冒頭(『註釈版聖典』 一九〇頁)に、「他力」とは何かということを端的に表現されたものです。自分の力のことを「自力」と言いますから、「他力」という言葉は、私自身の力ではないということを示していると考えでよいでしょう。お念仏の教えは、阿弥陀如来のはたらきによって、浄土に往生させていただき、仏とならせていただくのであって、そのはたらきを他力というわけですから、普通であれば、「他力とは阿弥陀如来のはたらきをいう」とか、「他力とは如来の慈悲のはたらきである」とかいう方が自然であり、わかりやすいように思います。しかし、たとえば親鸞聖人の言行を記した『歎異抄』という書物でも、「弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて」(第一条 『註釈版聖典』八三一頁)とあるように、如来のはたらきを表されるような場合には、本願あるいは誓願・仏願のはたらきとして示され