年を取るにつれて、亡くしてしまった愛する人の数は、段々と増えてゆく。 普段は、そんなことは気にせずに生きている。当たり前のように仕事をし、食事に出かけ、友達と由なしごとを語り合う。しかし、日常生活の中には、どうしても、他の誰でもなく、あの人にこそ聴いてほしい、という出来事が起きる。たとえその相手が、今はもう死んでしまっていても。亡くなった人が無性に恋しくなるのは、そういう時である。 あの人が、もし今、生きていたなら? 私たちは、時々そういう埒もないことを考える。私の場合、父がそういう存在だった。 私の父は、三十六歳の時に急死している。私はその時、一歳だったから、父のことは何も覚えていない。物心ついた時から、父がいないのは当たり前だったので、それを特に悲しいと思ったことはなかった。ただ、そんなふうに、人間はある日、突然死ぬんだと思うと、ひどく不安になった。それが、私の実存感覚の根本である。
![『空白を満たしなさい』著:平野啓一郎現代を「幸福に生き、死ぬ」ということ()](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/b8c870f87aa86cc7615db40d160000cab4ebf8ff/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fgendai-m.ismcdn.jp%2Fcommon%2Fgendai-shinsho%2Fimages%2Fmeta%2Fgs-ogp-image.png)