2016年の大統領選に向けて共和党からの出馬表明が相次いでいます。現時点で公式に出馬表明をしているのが6人前後、さらに有力視されている候補まで入れると10人強という数を見ると「ずいぶん多い」という印象になるのは分かります。ところでこれは「乱立」、つまり候補が多すぎて党全体としては不利になるような状況なのでしょうか。 違うと思います。 まず、候補者はどんなに多くても、最終的には2016年夏の党大会までには一本化されるのです。それは間違いありません。また、過去に熾烈な予備選を戦ったケースは民主・共和両党ともに色々なケースがありますが、遺恨とか怨念が残るようなこともないのです。ですから、候補が多いことで内部分裂や票の分散が起きるということは基本的には考えなくていいのです。 それにしても、今回は確かに数が多いのは事実です。また、ここへ来て俗に言う「保守系」の立候補が増えています。さすがに、ここまで
日本の安倍晋三首相の訪米と議会での演説についての、日本や海外のニュースを拾い読みしている。日本の報道では主に二通り。高校生よりひどい英語だ、米議会の8割が聞き取れなかったらしい、謝罪の言葉なかった、アメリカに擦り寄っただけ、といった嘲笑・批判の報道。そして、見事な演説だった、10回以上のスタンディングオベーションで共感が示された、米国の信頼取り戻した、というべた褒めの真逆の報道が相半ばしていたかと思う。中身に関しては、日米同盟強化・深化を、TPP交渉の成立と安保関連法案の夏までの成立をもって進めていくという目標提示でもって訴えた。これに対しては日本の世論でも、大きく賛成反対に分かれているテーマなので、本当に政権の思惑どおりすんなりといくかはまた別ではあるが、演説で公言したことは米国としては安倍政権の決意として受けとめられたことだろう。 個人的な感想を言えば、日本の首相らしからぬうまい演説だ
戦前の日本で「満鮮」や「満蒙」という言葉が多用されたのは、日本の大陸政策にからんだものであったことは確かです。満洲と朝鮮を一体化する、満洲と蒙古を一つの単位と見なすのは、日本の統治政策に都合がよかったからです。 しかし、だからといって、戦後になって、朝鮮民族と満洲人とモンゴル人を、有史以来まったく別の歴史を歩んできた別の民族集団として扱うのは、行きすぎた民族主義と言わざるを得ません。そもそも「民族主義(Nationalism)」は18世紀まで存在しなかったのですから、それ以前の歴史を「民族」に基づいてのみ判断するのは、史実を誤ることになります。 日本列島のように海に囲まれた島国の人間は、何千年もの昔から今の自分たちにつながる血統が、代々継承されてきたことに疑いを持ちません。しかし、人間の移動がひんぱんに起こった大陸の歴史では、血統は否応なく混じり合います。ところが、日本の国家主義・国民
朝鮮語(韓国語)の勉強をかねて、訓民正音のことをつらつらと考えている。かつて文字面だけを鵜呑みにして、訓民正音の意味を解していたことと比べると、実際にパッチムの音変化や、中国語学習後に漢文との対比をしてみた経過などから、なんというのか、ぐっと面白さが増してくる。 「ああ、なるほどな」という思いがいくつかぽつぽつと心に湧いてくる。まだ、それらが一つのまとまった考えには至っていない。本来なら自分の熟慮を通すべきなのだろうが、まあ、そうでなくてもいいだろう、という思いとこうした、何か、ああ面白いものだな、という感覚はブログなどに書くのに向いているように思うので書いておきたい。 まず、「え?」と思ったのは「訓民正音」、それ自体である。対比としてウィッキペディアを見ることにする(というか、予想通りの記述だったのだった)。いわく(参照)。 訓民正音(くんみんせいおん、훈민정음)とは、李氏朝鮮の世宗が制
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