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ファンタジーとオリジナル小説に関するoukastudioのブックマーク (131)

  • つばさ 第二部 - 第九章 第二三節

    侯都上空の空気は、あからさまなほどに震えていた。 紅い翼がやってきた。 その事実が、あらゆる翼人のこころを激しく揺さぶった。 何せ、自身の部族が滅ぼされたはぐれ翼人は多い。たとえ故郷を、仲間を奪われた憎しみが強くても、そのときの恐怖のほうが未だ勝っていた。 だが、まったく別の面で動揺を隠せない者たちもいた。 「どうなっている、リオ? ヴォルグ族がこのタイミングで動くなんて」 彼らと同じ翼の色をしたアーシェラが、まるでその事実に気づかぬように眉をひそめて、隣に立つ蒼の翼の男に問うた。 「それはこちらの台詞だ。何も聞いてないぞ」 「奴らがここに来る理由はなんだ?」 「知るか。お前のほうがくわしいはずだろう」 「…………」 「――すまん、過去は詮索しないのが流儀だった」 歳のわりに屈強な、リオという名の青年は、不器用ながらも素直に頭を下げた。 「じゃあ、当に知らないんだな」 「ああ。あえて言わ

    つばさ 第二部 - 第九章 第二三節
  • つばさ 第二部 - 第九章 第二二節

    延々とつづく長い闇。 どこまでもどこまでも暗く、長い通路がつづき、終わりの見える気配もない。 ――長い―― いったいいつになったら、光が見えてくるのだろう。自身の呼吸と無数の足音が耳障りで、こころの内を乱していく。 ――いいえ、そうじゃない。 この苛立ちの原因はおそらく、〝恐怖〟なのだろう。危機に陥ったことはこれまで幾度となくあったが、自分の城(、、、、)が攻められ、荒らされるのはもちろん初めてのことであった。 しかも、兵士ではない一般の者たちまで倒れていく。この異常な状況に内面は激しく揺さぶられ、自身でもどこまで正気でいるのか定かではなかった。 ――前線で戦っているみんなは、いつもこんな恐怖を覚えていたのね。 どんな理由があれ、やはり後方で控えているだけの存在は卑怯者だ。これは、そんな自分に対する天罰なのかもしれなかった。 ――いけない。 アーデは首を振って、後ろ向きな感情を打ち払った。

    つばさ 第二部 - 第九章 第二二節
  • つばさ 第二部 - 第九章 第二一節

    ――やっと、打てる手は打てたかな。 まだ落ち着けるような状況ではないことは、重々承知していた。だが、ようやく必要な指示は一通り出し終え、戦況を見守る余裕が生じていた。 いつもの自室、しかし常とは違う異常な町の様子に、アーデは顔をしかめるほかなかった。 「ナータン、レベッカは?」 「まだ戻ってきてない。ヴァイクの居場所もわからないよ」 「そっか……」 「大丈夫だって、アーデ。俺たちがいれば」 「わかってる、レーオ」 ゼークの指示で城の塔に戻っていた蒼い翼の戦士に、アーデはひとつうなずいた。 しかし、思うように進まない現状に気が気ではない。町中(まちなか)の戦闘に沈静化の気配はまるでなく、むしろ戦域は郊外へ向かって拡大しているようにも見える。 すぐに戦況が変わるはずもないのだが、今のところ見ていることしかできない現実に苛立ちを隠せなかった。 だが、状況の変化は突如として訪れるものだ。 「え、何

    つばさ 第二部 - 第九章 第二一節
    oukastudio
    oukastudio 2018/08/15
    投稿、というか執筆を再開…
  • つばさ 第二部 - 第九章 第十四節

    隣が戦場となった森の中は陰で、木漏れ日と呼ぶのもおこがましい弱々しい光しか入ってこない。 それでも、そんなところを全力で進むしかなかった。 真相を少しでも明らかにするために。 風を切るように疾駆する馬の上で、いつもよりも念入りに鎧を着込んだユーグは、ずっとひとつのことを考えていた。 ――なぜ、ロラント卿が裏切った。 理由がわからない。他の誰よりも忠誠心の高い騎士だったはず。 それがどうして? 推測しても答えは出そうにない。それくらい、来ならば〝有り得ない〟はずのことだった。 ――会ってみればわかるか。 やや薄暗い森の中で突然変化があったのは、さらに速度を速めようとしたときのことだった。 前方に見慣れた影があった。 「ユーグ様、お待ちください」 「ティーロか」 急ぎ手綱を引き、止まった。 やや小柄で若さを顔立ちに残しながらも、その所作から十分に鍛えられていることがわかる従士。 〝表〟だけ

    つばさ 第二部 - 第九章 第十四節
    oukastudio
    oukastudio 2017/12/06
     隣が戦場となった森の中は陰鬱で、木漏れ日と呼ぶのもおこがましい弱々しい光しか入ってこない。  それでも、そんなところを全力で進むしかなかった。  真相を少しでも明らかにするために。  風を切るように疾駆
  • つばさ 第二部 - 第九章 第十三節

    周囲を暗闇に包まれていても、はっきりと風を感じる。 自分はおそらく空中にいるのだろう、それもかなり高い位置に。 ――うかつだった。 油断があった。 状況の把握のために仲間を方々へ派遣したあと、拠点に残ったのはわずかな人員のみ。みずから孤立する状況をつくってしまった。 ユーグがいたら諫めたのだろうが、他のみんなもどこか冷静さを欠いていたのだろう、反論の声はまるでなかった。 しばらく待っても連絡がない。城のことがどうしても気になることもあって、こらえきれなくなった自分がそちらへ移動しようとしたときだった。 突然、背後から口を押さえられた。『なんだ!?』と思った次の瞬間には気を失っていた。 そして気がつけば、この状態。独特の匂いからして麻で編まれた袋に入れられているらしい。 無礼な振る舞いにかっと頭が熱くなるが、今ここで暴れても意味がない。それよりも、可能なかぎり周囲の様子を探った。 自分は誰か

    つばさ 第二部 - 第九章 第十三節
    oukastudio
    oukastudio 2017/11/23
     周囲を暗闇に包まれていても、はっきりと風を感じる。  自分はおそらく空中にいるのだろう、それもかなり高い位置に。  ――うかつだった。  油断があった。  状況の把握のために仲間を方々へ派遣したあと、拠
  • つばさ 第二部 - 第九章 第十二節

    空から見下ろす地上の人の動き、生き物たちの気配に不穏なものを覚え、ヴァイクは嫌な焦りを感じながら先を急いでいた。 大きいはずのシュラインシュタットの街は未だ見えてこない。最速で飛んでいるつもりだが、たまりにたまった疲れがこれ以上の無理を明確に拒絶していた。 ――〝虹(イーリス)〟の隊。 もし〝極光(アウローラ)〟の情報が当なら、これから何かが起こるはずだ。その何かは今のところ想像することさえできないが、新部族の連中に急いで伝えなければならなかった。 わずかな異変に気づいたのは、目的の場所の近くにある丘の上空まで達したときのことだった。 「なんだ……?」 前方に、地上から空へと伸びる薄い白色(はくしょく)の筋が見える。それがひとつ、ふたつと増えていき、やがて重なり合って大きなうねりとなった。 ――あれは! 明らかに煙だ。低い位置を漂う茶褐色の幕は土煙だろうか。 すでに何かが起きているのは間

    つばさ 第二部 - 第九章 第十二節
    oukastudio
    oukastudio 2017/11/16
     空から見下ろす地上の人の動き、生き物たちの気配に不穏なものを覚え、ヴァイクは嫌な焦りを感じながら先を急いでいた。  大きいはずのシュラインシュタットの街は未だ見えてこない。最速で飛んでいるつもりだが
  • つばさ 第二部 - 第九章 第七節

    シュラインシュタットという町は、明らかに盛り上がっていた。外に開かれていて自由な雰囲気に満ち満ちている。 あちらこちらでさまざまな服装をした者たちが行き交い、昼、夜となく大通りは人でごった返す。 そんな中を、二人の少年が楽しげに連れ添って歩いていた。 「俺は、こっちのほうが好きだな」 「うん」 なぜか手に持った小袋を振り回しながら言うドミニクに、ルークもとりあえず同意した。 ドミニクにとっては、ここも故郷のひとつだ。 父親の仕事の都合もあり、帝国と共和国を行ったり来たりだったが、どこか停滞した空気のあるダスクより、ここノイシュタットのほうが過ごしやすかった。 二人が軽快に道を進んでいくと、やがてシュラインシュタットの城の威容が目に飛び込んでくる。 その質実剛健な姿は見る者を圧倒し、あたかもここノイシュタットの勢いを体現しているかのようだった。 「俺もいつかあそこへ行けるかなぁ」 「え?」

    つばさ 第二部 - 第九章 第七節
    oukastudio
    oukastudio 2017/10/06
     シュラインシュタットという町は、明らかに盛り上がっていた。外に開かれていて自由な雰囲気に満ち満ちている。  あちらこちらでさまざまな服装をした者たちが行き交い、昼、夜となく大通りは人でごった返す。
  • つばさ 第二部 - 第九章 第六節

    遠方に侯都シュラインシュタット、そして眼下には森の外れ、草原の端に位置するひとつの天幕(テント)が見える。周囲には、人間の気配も翼人の姿もない。 マリーアと再会したヴァイクは、新部族の拠点に戻ることはせず、ある人々を捜し出すためにあれ以来ずっと動き回っていた。 ――ジャンとベアトリーチェは無事らしい。時間を置かず、そのうち会えるだろう。 喫緊の課題は、〝極光〟のほうだった。リファーフの村の一件以来、その影すら確認できない。 あのときのような誤解と混乱は二度とごめんだ。今のうちに、できれば話し合っておきたかった。 しかし、手がかりはまるでない。途方に暮れたヴァイクは助力を乞うべく、アオクの元へ来たのだった。 下方に見えるテントの脇へ急降下し、音もなく着地する。 ――誰か、来ている? 内側からの声がわずかに耳に届いた。はっきりとは聞き取れないが、アオクとは別の男の声だった。 また新部族のナータ

    つばさ 第二部 - 第九章 第六節
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    oukastudio 2017/10/02
     遠方に侯都シュラインシュタット、そして眼下には森の外れ、草原の端に位置するひとつの天幕テントが見える。周囲には、人間の気配も翼人の姿もない。  マリーアと再会したヴァイクは、新部族の拠点に戻ることは
  • つばさ 第二部 - 第九章 第四節

    ローエの都グリューネキルヒェンにある城にいる者たちは、いつものごとく淡々とみずからの仕事をこなしていた。 といっても出撃の準備であるのだが、北の隣国ゴールなどとの争いに慣れた家臣らは、特にこころを乱すことはない――のだが、珍奇なことに、いつもはまるでやる気のないひとりの人物が朝からずっとあわてふためいていた。 「まだ出られないのか!」 書類の整理をしていたニーナが、振り向きもせずに答えた。 「まだ準備が整ってないんだから、しょうがないじゃないですか」 「だから、それを早くしろって言ってんだろ」 「じゃあ、ライマル様も手伝ってください。城の者はきちんと働いております、いつものとおり(、、、、、、、)」 「もっと急げって! だいたい、相手の動きが予想よりずっと早いじゃねえか」 「どうも焦っているようです、なぜかはわかりませんが」 「平気な顔して語ってるんじゃねえ! これは、とんでもないことにな

    つばさ 第二部 - 第九章 第四節
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    oukastudio 2017/09/29
     ローエの都グリューネキルヒェンにある城にいる者たちは、いつものごとく淡々とみずからの仕事をこなしていた。  といっても出撃の準備であるのだが、北の隣国ゴールなどとの争いに慣れた家臣らは、特にこころを
  • つばさ 第二部 - 第九章 第三節

    荒廃した帝都リヒテンベルクに今も凛としてたたずむ大神殿は、しんと静まり返っていた。 早朝だから、というのもある。しかしそれよりも、ここにいる誰もが声を発しようとしないのが大きかった。 その異様な空気に包まれた大神殿の一室で、前夜から話し合いをつづける四人の大神官たちは沈な面持ちで互いに向き合っていた。 「参ったな……」 と、リシェでなくとも愚痴を言いたくなる。 「帝国ではなく、あくまでノイシュタット相手の開戦か。ダスクの偽善者どもめ、考えおったな」 「確かに、フランコ殿のおっしゃるとおり。これでは、我々が動きたくとも動けません」 と、ミラーン。 「当に打つ手はないのでしょうか」 「ライナー、そこはすでにこれまで話し合ってきたじゃないか。元から、我々に与えられた手段は少ない」 「そうだな……」 リシェの言葉は正しい。動きたくとも動けない状況に関しては、今も昔も変わりはなかった。 「では、

    つばさ 第二部 - 第九章 第三節
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    oukastudio 2017/09/28
     荒廃した帝都リヒテンベルクに今も凛としてたたずむ大神殿は、しんと静まり返っていた。  早朝だから、というのもある。しかしそれよりも、ここにいる誰もが声を発しようとしないのが大きかった。  その異様な空
  • つばさ 第二部 - 第九章 第二節

    「宣戦布告だと?」 見慣れぬ服装の使者がもたらした一報に、謁見の間にいる面々が一気に色めき立った。 「長らく続いたノイシュタットの横暴を正し、かの地をあるべき姿、あるべき場所に戻す所存――」 要するに、開戦する旨の内容を滔々と語りつづける。敵中にひとり飛び込んできたというのに、場慣れしているのかその使者に怯んだ様子はまるでなかった。 一通り布告の中身を伝え終えると、使者は居丈高に胸を反った。 「お主たち、命が惜しくないようだな」 オトマルの一声に、他の家臣たちも同調する。 「よせ、使者に当たってもしょうがない」 「フェリクス様、これは共和国全体に対して言っておるのです」 「もういい。そなたも、とっとと帰れ。全面的に受けて立つとでも伝えておけ」 相手を射抜かんばかりの視線にさらされながらも、使者は最後まで慇懃無礼な態度を変えずに去っていった。 「さて――」 少し間を置いてから、主君たるフェリ

    つばさ 第二部 - 第九章 第二節
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    oukastudio 2017/09/27
    「宣戦布告だと?」  見慣れぬ服装の使者がもたらした一報に、謁見の間にいる面々が一気に色めき立った。 「長らく続いたノイシュタットの横暴を正し、かの地をあるべき姿、あるべき場所に戻す所存――」  要するに
  • つばさ 第二部 - 第九章 変転、崩壊

    こんなにも他人の態度に苛立ちを覚えることはない。 身なりだけは立派な壮年の男が神経質な表情で、たいして広くもない部屋で右往左往し、革で床を叩き、建て付けが悪い窓を罵る。 「カール」 「いったい、いつまで待たせるつもりだ。こっちは、朝からずっとここにいるというのに」 「おい」 「まったくこんなことになるなんて……共和国もノイシュタットも腹立たしい」 「落ち着け、カール」 「しかし……」 「いいから落ち着け! お前の態度が周りをいらいらさせる」 ふだんなら、こんなきついことはけっして言わない。しかし、さすがのダミアンも今は余裕がなかった。 ――まさか、ここまでとは。 まだ二人の執政官とは会えてはいない。だが、共和国に来た時点ですでに、十分すぎるほどの衝撃を受けていた。 ダスクが臨戦態勢にある。 首都ブランのすべてが物々しく、今日は平日だというのに街中は人影がまばらだ。 あちらこちらで軍の関係

    つばさ 第二部 - 第九章 変転、崩壊
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    oukastudio 2017/09/26
     こんなにも他人の態度に苛立ちを覚えることはない。  身なりだけは立派な壮年の男が神経質な表情で、たいして広くもない部屋で右往左往し、革靴で床を叩き、建て付けが悪い窓を罵る。 「カール」 「いったい、いつ
  • つばさ 第二部 - 第八章 第五節

    侯都の空は、抜けるように青く澄み渡っている。昔見た海のようにそれは深く、果てしなく広がり、空を舞うものは海鳥のごとくであった。 人間の世界でいう休日の午後は呆れるほど穏やかで、天も地も人の通りはまばらで朝からずっと静かなものだった。 ――のんきなものだ、危機が迫っているかもしれないというのに。 平和を体現するこの町は、なぜかあまり好きになれない。 シュラインシュタットにやってきたアイラことアーシェラは静かに嘆息しながら、西へ向かって飛んでいた。 新部族とやらにうまく潜り込んだものの、今のところやることがない。情報収集しようにも、意外と伝達経路は限られているようで、未だこの集団の実態は摑めないままだった。 自分でも無茶なことしているという自覚はある。だが、新部族と〝極光〟の急接近は予想を遥かに超えていた。 ――このまま放置していたら―― いろいろな思いが渾然一体となってこころをよぎる。 不安

    つばさ 第二部 - 第八章 第五節
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    oukastudio 2017/09/24
     侯都の空は、抜けるように青く澄み渡っている。昔見た海のようにそれは深く、果てしなく広がり、空を舞うものは海鳥のごとくであった。  人間の世界でいう休日の午後は呆れるほど穏やかで、天も地も人の通りはま
  • つばさ 第二部 - 第八章 第三節

    もはや初夏だというのに上空の風はどこか冷たく、春の残滓を感じさせる。前方から吹きつける空気は重く、飛ぶ速度を上げたくとも上げられないもどかしさがあった。 ――アオクに焦るなと言われたものの―― あれから何日も経ったというのに、ジャンと、そしてベアトリーチェの消息は未だ摑めないままだった。 とにかく手がかりがまるでない。はぐれ翼人の自分が地元の部族に話を聞くわけにもいかず、必然、やみくもに飛び回って捜すしかなかった。 だが、それももはや限界だ。これだけ飛んで何も得られないからには、やり方を大幅に変える必要があった。 「上からじゃ、もう駄目だ」 つぶやき、ヴァイクは人気のない辺りに向かって一気に降下した。 危険を承知で地上を行くしかない。そこには人間もいれば、敵となる同族もいるだろうが、何かあるとすれば森の中しかないだろう。 ――アオクもそう言っていたし。 確かに、この辺にはぐれ翼人の集団が隠

    つばさ 第二部 - 第八章 第三節
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    oukastudio 2017/09/19
     もはや初夏だというのに上空の風はどこか冷たく、春の残滓を感じさせる。前方から吹きつける空気は重く、飛ぶ速度を上げたくとも上げられないもどかしさがあった。  ――アオクに焦るなと言われたものの――  あ
  • つばさ 第二部 - 第八章 第二節

    「またか」 ノイシュタット侯が嘆きたくなるのも無理からぬことだった。 侯領の南方、フィズベクの地域はずっと懸案の種だったが、こうも問題がつづくとは。 「都市参事会が共和国へ寝返ったようです。民主制が彼らをそうさせたのでしょうな」 「ありがたい話だ」 オトマルの声もどこか遠く感じた。 状況は、想像よりも遥かに悪い。フィズベクでの暴動は先の戦いでいったんは鎮圧したものの、民の不満はかえってふくれ上がった。 「〝フィズベクの問題〟という言い方は、もうおかしいのでしょうな」 「裏で操っている奴らがいるかぎり、解決はしない」 フェリクスは、あえて天幕の外に目を向けた。 共和国。 ――まさか、ここまで強攻策に出てくるとは。 追いつめられているのか、それとも絶対的に勝つ自信があるのか。 「戦はすでに始まっているのだよ」 「なんともぞっとしない話ですな」 「〝百戦錬磨〟も怖じ気づいたか?」 「何をおっしゃ

    つばさ 第二部 - 第八章 第二節
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    oukastudio 2017/09/18
    「またか」  ノイシュタット侯が嘆きたくなるのも無理からぬことだった。  侯領の南方、フィズベクの地域はずっと懸案の種だったが、こうも問題がつづくとは。 「都市参事会が共和国へ寝返ったようです。民主制が彼
  • つばさ 第二部 - 第八章 序曲

    ビーレフェルトの一画にたたずむ館の空間は、不気味なほど、しん、と静まり返っていた。 いつもは黙れと言ってもしゃべりつづけるほど口達者な連中が、皆、しかつめらしい顔をして誰も発言しようとしない。 こういったときに場を取り仕切る、年長のグスタフさえもそのきっかけを失っていた。 「まさか、当に戦になるとはな……」 ダミアンが、まさに独りごちるようにして言った。 それに反応する者は少なかったが、しばらくしてようやくモーリッツが論駁した。 「まさかではない。こうなる可能性は最初からあった」 「ああ、見込みが甘かったとしか言いようがない」 二人のやり取りに、カールが机を叩いて言った。 「だ、だが、戦が起きても需要が落ちるわけじゃない。帝都騒乱のときだってそうだった」 「一時的には、特需でそうなるだろうがな。長期的に見れば確実に落ち込む、それもかなり」 「そして、帝国を拠点にする我々は大打撃を受け、他

    つばさ 第二部 - 第八章 序曲
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    oukastudio 2017/09/15
     ビーレフェルトの一画にたたずむ館の空間は、不気味なほど、しん、と静まり返っていた。  いつもは黙れと言ってもしゃべりつづけるほど口達者な連中が、皆、しかつめらしい顔をして誰も発言しようとしない。  こ
  • つばさ 第二部 - 第七章 第九節

    小さな焚き火を中心に〝極光〟の面々が、無邪気な明るい顔で浮かれている。 他の組織〝新部族〟との間にあった誤解が、ほぼ解けたからだ。自分たちは確かに、帝都騒乱では敵対し、例の奴隷事件において再び剣を交えることになった。 しかし、それもこれもすべては致し方のない理由によるものだった。中には今でも、互いに対してわだかまりがある者もいるだろうが、反目しつづけることと、たとえ表面上であっても和解することには雲泥の差があった。 ――まったく、のん気な連中だ。 焚き火の前でナーゲルが派手に転んで、みんなの笑いを買っている。近くにいるネリーも、やさしい顔でいつものように全員の中心にいた。 ――無理をしやがって。 先の戦いの折り、数人の仲間の命が失われたことにもっとも衝撃を受けたのは、他ならぬネリーだった。あれからしばらくの間ふさぎ込み、彼女の顔から笑みが消えた。 当は、まだそこから完全には立ち直っていな

    つばさ 第二部 - 第七章 第九節
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    oukastudio 2017/09/14
     小さな焚き火を中心に〝極光〟の面々が、無邪気な明るい顔で浮かれている。  他の組織〝新部族〟との間にあった誤解が、ほぼ解けたからだ。自分たちは確かに、帝都騒乱では敵対し、例の奴隷事件において再び剣を
  • つばさ 第二部 - 第七章 第七節

    霧が立ちこめる中での飛行はどこか憂で、翼にまとわりつくような水分がうっとうしくて仕方がない。 それでも、今は飛ばずにはいられなかった。迷いが迷いを呼び、悩みが悩みを深めていく。こんなときは思いきり空を舞いたかったのだが、霧が出ているうえにあいにくの曇天だった。 こころが重いせいか体も重く感じ、やる気も何も出てこない。自分の体が自分のものではないかのようで、奇妙な違和感が全身を支配していた。 ――こんなことなら、あいつらの話なんて聞かなければよかった。 ヴァイクと、そしてジャンという男と出会ってから、かえって前より困惑してしまった気がする。 その言葉に耳を傾けるべきじゃなかった、すぐに耳を塞げばよかったと、後悔ばかりが先に立つ。 しかし、それでは駄目だということも、こころの片隅でわきまえている自分もいた。 ――結局、僕は自分で自分の気持ちさえもわかっていない。 何がわからないかわからない。

    つばさ 第二部 - 第七章 第七節
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    oukastudio 2017/08/29
     霧が立ちこめる中での飛行はどこか憂鬱で、翼にまとわりつくような水分がうっとうしくて仕方がない。  それでも、今は飛ばずにはいられなかった。迷いが迷いを呼び、悩みが悩みを深めていく。こんなときは思いき
  • つばさ 第二部 - 第七章 第六節

    霧が立ちこめる中での飛行はどこか憂で、翼にまとわりつくような水分がうっとうしくて仕方がない。 それでも、今は飛ばずにはいられなかった。迷いが迷いを呼び、悩みが悩みを深めていく。こんなときは思いきり空を舞いたかったのだが、霧が出ているうえにあいにくの曇天だった。 こころが重いせいか体も重く感じ、やる気も何も出てこない。自分の体が自分のものではないかのようで、奇妙な違和感が全身を支配していた。 ――こんなことなら、あいつらの話なんて聞かなければよかった。 ヴァイクと、そしてジャンという男と出会ってから、かえって前より困惑してしまった気がする。 その言葉に耳を傾けるべきじゃなかった、すぐに耳を塞げばよかったと、後悔ばかりが先に立つ。 しかし、それでは駄目だということも、こころの片隅でわきまえている自分もいた。 ――結局、僕は自分で自分の気持ちさえもわかっていない。 何がわからないかわからない。

    つばさ 第二部 - 第七章 第六節
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    oukastudio 2017/08/25
     霧が立ちこめる中での飛行はどこか憂鬱で、翼にまとわりつくような水分がうっとうしくて仕方がない。  それでも、今は飛ばずにはいられなかった。迷いが迷いを呼び、悩みが悩みを深めていく。こんなときは思いき
  • つばさ 第二部 - 第七章 第五節

    はぁ、とややもすると色っぽい吐息が何度も響く。 ノイシュタット侯の妹姫、アーデは馬上で揺られながらまた嘆息をした。 「そんなに、これからのことが心配ですか」 「そっちのことじゃないの。お兄様よ」 ああ、そういうことか、とユーグは納得した。 「こんな時期にカセルへ行かなくてもいいのに」 「仕方がありません。かの地が今後、重要な地域になるのは間違いないのですから」 「ま、ほったらかしにしてたら帝国そのものが弱体化しちゃうし」 「そういうことです」 「でも、今じゃなくたっていいでしょう? ノイシュタットだって大変なのに」 「アーデ様のお気持ちはわかりますが、危ういんですよ、カセルも」 「ルイーゼ卿のような優秀な人材がいるのに?」 「もし世の中が、アーデ様のような人ばかりだったらいいんですけどね」 「どういう意味?」 姫が半目になった。 「揶揄したのではありません。もしアーデ様のように過去にとらわ

    つばさ 第二部 - 第七章 第五節
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    oukastudio 2017/08/24
     はぁ、とややもすると色っぽい吐息が何度も響く。  ノイシュタット侯の妹姫、アーデは馬上で揺られながらまた嘆息をした。 「そんなに、これからのことが心配ですか」 「そっちのことじゃないの。お兄様よ」  あ